2008年7月の井上力
木曜行動300回

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7月29日(火) 悲劇生んだ増水
7月28日(月) 労働経済白書について
7月22日(火) 汗・汗の4日間
7月12日(土) 違憲判決報告集会&木曜行動300回
7月10日(木) 母親は特別なもの
   

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2008年7月29日(火)の井上力
悲劇生んだ増水

30日、一部リンクを解除しました

きょうもヘリコプターが旋回しています。都賀川の「市民の水辺」で子ども3人と女性1人が命を落とし(不明1人)た昨日の事故。急激な増水による悲劇。夕方、灘区役所に情報収集へ、そして夜、会議を終えて「どんぐりクラブ」を訪ねると約40人の報道陣が運営委員長を取り囲んでいました。けさの新聞は、各紙とも1面トップです。

亡くなられた方々のご遺族、関係者、引率したMさんとAさんの辛さ、苦しさは、いかばかりでしょうか。『石狩平野』を思い起こしました。

あえて心に決めて経過や背景や行政への提言をまとめているところです。どんぐりクラブは3日から予定していた7泊8日の大屋町(養父市)へのキャンプを取りやめ、学童保育も休止していますが、きっと再開への歩みを始めていくでしょう。運営委員長、「創業指導員」だった森末哲朗さんや「つるの子・創業者」のIさんからもお話をお聞きしました。

国土交通省は、'00年「河川利用研究会」「河川の自然性を踏まえた河川利用及び安全確保のあり方に関する研究会」を「怖さを知って川と親しむために」にまとめています。

都賀川は30年前の市民運動の結果、現在の姿になりました。兵庫県河川課と神戸市建設局は、巨費を投じて「(岩による)河床舗装工事」を行い、監視カメラを設置し、「市民の水辺」を管理しています。

大震災後、神戸市も無線同報スピーカを新たに設置しましたが、灘区に3か所だけで、都賀川周辺にはゼロです。これは一般に(常時)大雨洪水警報を伝えるものではありません。

『毎日新聞』夕刊が、「過去の教訓生かせず」「98年にも8人孤立」「警報装置は未整備」と報じています。

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2008年7月28日(月)の井上力
労働経済白書について

先週(22日)公表された労働経済白書を、けさの『おはよう新社会党です』に紹介しました。満足度というものは、50%を割る場合は「不満度」または「不満足度」と称するべきではないでしょうか。正社員と非正社員の満足度を不満の強い順に丸数字をうち、並べました。

満足度わずか 職業「不」満足度は73〜77%

項目

正社員

非正社員

賃金 @   7.9 B   4.1 3.8
教育訓練 A   8.5 @  -2.9 11.4
人事評価・処遇 B  12.5 C  11.2 0.7
福利厚生 C  18.5 A   0.4 18.1
労働時間・休日 D  26.7 F  34.6 -7.9
職場環境 E  32.0 E  28.6 3.4
雇用の安定 F  38.1 D  21.4 16.7
職場の人間関係 G  39.3 G  43.1 -3.8
仕事のやりがい H  49.2 H  49.1 0.1
職場生活全体

27.0

23.3 3.7

↓ 白書の元データは次のとおりです
  満足度の高い順に並べています

来週の『おはよう』では次のデータを「不満度」として表したいと思います。

上記2つの表とグラフはいずれも厚生労働省

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2008年7月22日(火)の井上力
汗・汗の4日間

18日から21日までの4日間、色んなことがありました。

18日(金)早朝、「今度こそ経済学者に」と祖父だけが密かに願う新しい命が誕生、明石医療センターへ。息子のときも娘のときも、何日目かでしたから、「孫はかわいい」。午後、横断幕作成。ハトメをしっかりつけて、できばえは以下のとおり 。

 ↑ けさの『おはよう新社会党です』にも掲載
   19日横須賀で行われたデモで

同日、夕方散髪。車を置きに帰り、並べただけの母の晩飯準備。シャワーを浴び、10年ぶりとなる夜行バス。横須賀への原子力空母配備反対の全国集会へ。自治労兵庫県本部が仕立てたバスに押しかけ、夜10時神戸駅前・発。初めての新名神を通る。「上下線集約型のサービスエリア」土山SAでHさん、早くも迷子になりかけ・・・汗。もちろん「汗」はHさん。

19日(土)早朝、たぶん3度目だと思うものの、まったく土地勘のない横須賀市内をウロウロ。ファミリーレストランを探し回り朝食。バスでスーパー銭湯「のぼり雲」へ。「集会・デモのあとの銭湯は(予定にないのは)どうなっているのか」という声しきり。午後2時、集会場。発表1万5千人。下の写真は全体の8分の1くらいでしょうか。奥の緑の向こうに地元の大部隊がいます。生かす会・神戸のUさんが鉄塔の上によじ登って撮った写真です。暑さと不安定な高所 で「汗」もちろん。

集会の始まる前に、軍艦に向かって「帰れ」と叫びに行ったのが下。左が私で右はOさん、写真を撮ってくれたのはOさんです。右の潜水艦と軍艦は海上自衛隊、左の遠くが米海軍のようです。これに先立つこと数時間前、ゲート前で写真を撮っていてUさんたちは、何とカメラを取り上げられそうになったそうです。とんでもない大事件。「けさから米軍がピリピリしているので刺激しないでほしい」。どういう法律に基づいて?Uさんが一喝して何もなかったようですが、恐ろしい国になり始めています。あとで話を聞いて「汗」。

集会はとても暑いでした。新社会党の栗原きみ子委員長がデモ隊を激励してくれました。集会とデモを終えた後、銭湯を探し歩いたのも含め、汗・汗・汗。 集会の様子をいち早くネットにアップしたのは佐藤周一さんのようです。

19日夜、横須賀を発ち、再び夜行バス。20日早朝神戸に戻りました。

20日、「全逓・JPU運動を振り返る集い」に押しかけました。運動の継承と発展を誓い合っていました。全逓魂・抵抗の歴史は、「全逓ジャンパー」を着たTさん・Sさん・Kさん、「家のどこかにしまってあり、探したが見つからなかった」というYさん、そして新しいTシャツを着た180人の仲間たちに継承されました。その後、兵庫県土建一般労働組合灘支部の定期総会・懇親会。

21日は、ふたたび「孫はかわいい」を演じ、今度は曾祖母にあたる母と娘、妻、私、それに大阪へ帰っていた「経済学者にならない2世」を六甲道で乗せ、5人で明石医療センターへ。

正午から「神戸港・平和の碑」の除幕式。下の写真を撮ってきました。捕虜として強制労働させられ、『夏は再びやってくる』を書いたジョン・レインさんは、碑の完成を待たず今年亡くなられたそうです。平和の碑は海岸通の国道沿い、華僑博物館のあるKCCビル敷地内に建てられました。流された血と汗を集めれば碑文を穿つことさえ十分に可能なほどの多くの人々の血と汗の結晶です。「命」の重さを刻んで。詳しくは各紙を。どこも地方版ですが。

 除幕の瞬間。一番左が林同春さん

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2008年7月12日(土)の井上力
違憲判決報告集会&木曜行動300回

10日の木曜行動は300回目。そして11日、神戸学生青年センター・神戸YWCA・9条の会ひょうごが池住義徳さんを迎えて開かれた報告集会「名古屋高裁違憲判決の報告集会〜9条のある国がすてきだ!〜」。写真は以下のとおりです。

池住義徳さんのお話は、とても分かりやすく、楽しく、感動的でした。看板は主催者であり司会者の「飛田 雄一さんの作です。私は「名古屋イラク派兵違憲判決報告集会」と書かれている看板を「名古屋イラク派兵違憲第1次報告集会」と読み違え、「第二次報告集会にも出なくては」と二次会にも出たのでした。

下の写真は講演の冒頭、「4月17日午後、雨の名古屋高裁前に皆さんをお招きします・・・」と「再現された」史上初めての、その瞬間です。「画期的判決」を持っているのが池住さんで、「違憲 判決」を持っているのが飛田さんです。 一審の不当判決、まともに審理せず、最初から最後まで被告と同じ立場であることを隠そうともしなかった名古屋地裁とその裁判長に、抗議ビラをつづけたという、あまり知られていないお話しも披露されました。

開会冒頭、飛田雄一さんは西谷文和さんのビデオをプロジェクターで映しました。名古屋高裁でも有力な証拠となった西谷さんの映像を広めたいと思いました。

イラクの子どもを救う会(http://www.nowiraq.com/blog/)これはブログですが、公式サイトhttp://www.nowiraq.com/から

*** * *** * *** * ***

下は、10日朝の六甲道駅前、'01年11月からつづけている「なだ・平和のための木曜行動」(新社会党灘総支部)。原和美さんがときおり参加しますが、300回という節目ですから、当然。私の髪について「どうなったんだ?」というご心配は無用です。小学生の頃からです、このあたりは。

さらに下は、行動終了後の集合写真です。

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2008年7月10日(木)の井上力
母親は特別なもの

先週、吉田俊弘さんのご母堂が急逝しました。吉田さんの県議選のたびに神戸に駆けつけ、私たちも応援していただきました。米子市へ日曜日に行ってきました。旧後援会代表ということで足立人司さんが一緒に行ってくださいました。

「いくつになっても母親は、特別なもの」大山頂上に一部残る雪を見ながら、足立さんがぽつりと語ったひと言でした。

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