2008年8月の井上力
グラフなら魔法使いを呼べばいい

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2008年8月25日(月)の井上力
上納金が多すぎる健保

けさの『おはよう新社会党です』は、21日このページに書いた健保破たん・社会保障の大破たん問題。健保連合会の経常収支と赤字組合の割合を示すグラフより、精度の高い「魔法使い(ウィザード)」を呼んで、グラフにしました。マイケル・ムーアの『シッコ(Sicko)』(ビョーキ)は、日本のことを描いた映画のようです。ある種の団体のように上納金が多すぎます。

 

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2008年8月24日(日)の井上力
ストライク・ボールの順序

木曜コラム」に書いた野球のボールカウントの数え方、SBOの順かBSOの国際標準か、についてある方が次のように指摘しておられました。

日本だけが国際的多数派の表現と順序を逆にしている例は、他にもたくさんある。姓名、月日、述語と目的語・・・。野球のボールカウントは、どう考えても国際標準が先にあって、日本はあとからそのルールや表現を輸入したのに、その際、かなり意図的に順序を変更した。姓名と月日は大陸からその順序のまま受け入れて、欧米のそれと異なっていることに建国(明治維新)当時の学者たちは、文法解説となるとたじろぎながら、欧米と接していった。述語と目的語の順序は、日本列島と朝鮮半島だけが国際的少数派となったが、その時代がいつなのか、言語が先で文字が後だから、解明不可能だと。

ストライクもボールも、戦争中、敵性言語のらく印を押されたことがあり、「よし」「だめ」にとってかえられたとか。打者からするとボールを見送ったことが「だめ」って変です。それほど野球は守備のゲーム(投手の方から見たゲーム)、だからストライクが先でボールはあとなのだという解説も。この解説は論理的ではありません。野球が日本に伝わって相当普及したのちに、米英との戦争になったのです。「よし」「だめ」は、選手を手榴弾の投擲手として軍隊で使う際の「よし」と「だめ」です。戦場で飛んできた球を「ミサイル防衛構想」のように「打ち返す」ことは、当時想定外でした。

私たちが普段「野球」と言って楽しんでいる軟式野球の歴史を解明すると、この秘密が解けるのかも知れません。軟式野球は危険の少ない、日本で誕生したスポーツです。東神ゴムという神戸の会社がボールを開発し、世界に普及した庶民の野球です。

あるとき突然、国際標準にもどって使われるときもあります。「1ボール・ナッシング」(このときは英語?)と言い、日本型の「ナッシング1ボール」とは言いません。大変な勘違いが起きそうですが、それでも4つめのアウトを取りに行きかけた先日のオリンピックのような混乱は起きません。スコアボードがない草野球でも、だれも勘違いしないほど、野球は普及しています。

あすの「おはよう川柳」も、オリンピック関連にしました。川柳なのにしつこく付ける「解説」は以下のとおり。

柔道・野球に新ルール。相撲の決まり手は大麻所持。「ロンドンは北京ほどにカネ使わぬ」に、アヘン戦争からの170年思う。ソフトボールの金さわやか。水陸でメダルのリレーに鍛錬と絶妙の呼吸。一方にバトン落とした強豪チーム。政権にバトンパスの心得なし。安倍晋三がバトンパスを円盤投げと勘違いして11か月。

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2008年8月21日(木)の井上力
ついに健保の破たん

けさの『朝日』が西濃運輸の健康保険組合(5万7千人)が解散し、政府管掌に移行というショッキングなニュースを報じています。「体面上、政府管掌という訳にはいかない」と、健保組合としてがんばっているところも、あとに続きそうです。さっそく2ちゃんねるなどには多くのスレッドがたっているようです。

同健保組合のホームページがつながりません。記事を表にすると次のようになります。 下はそのグラフです。

(単位:百万円)
拠出項目 '07年度 '08年度 増減
老健と退職者医療への拠出 3,587 1,162 ▲2,425
65〜74歳の前期高齢者納付金 −− 2,525 2,525
75歳以上の後期高齢者支援金 −− 2,110 2,110

合計

3,587 5,797 2,210

『朝日』の記事は最後に「政府管掌健康保険」を次のように説明しています。社会保険庁が運営する医療保険で、中小企業の従業員と扶養家族約3600万人が加入し、4兆3千億円の給付を受ける。給付費の13%、後期高齢者支援金の16.4%を国が負担する。07年度決算は1350億円の赤字。健保組合から政管健保(保険料率8.2%)に移ると保険料率が上がるなどデメリットが生じる場合が多い。

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2008年8月18日(月)の井上力
検閲と言論統制そして奴隷労働

およそ政府が公表する文書に、「著作権」があるのでしょうか。予算や決算、あるいは法令について引用し、それを批評し、批判も賛美もできないのでしょうか。検閲制度があった時代にさかのぼり、その故に言論統制・奴隷的労働が合法だった時代の『蟹工船』が若者に読まれているのでしょうか。罰則が明記されていないとはいうものの、検閲なのではないかと思えるのです。たとえば私が日本国憲法から次のように引用したとして、それを内閣などに報告する義務も必要もありません。むしろ情報当局にはご迷惑でしょう。

日本国憲法
第21条第2項<検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。>
第18条<何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。>

とても不思議な次の引用は内閣府の「国民生活に関する世論調査」からです。

<お願い>

本報告書の内容を引用されたときは,その掲載部分
の写しを下記宛に御送付下さい。

 
内閣府大臣官房政府広報室
世論調査担当

〒100-8914  東京都千代田区永田町1−6−1
電 話 03(3581)0070   
F A X 03(3580)1186   


http://www8.cao.go.jp/survey/index.html

「こんな調査やめてしまえ」という議論がどのように進行したのだったか記憶にありませんが、思いつきで調査をやめたり、思いつきで調査を再開したりというのは、良くないことです。何度も何度も国民に「一億 総中流」誤字訂正19日をすり込んだ歴代調査結果がアップされています。

けさの『おはよう新社会党です』に、グラフをつくって引用しました。

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2008年8月11日(月)の井上力
ウィザードはだれか

けさの『おはよう新社会党です』は、労働経済白書シリーズの3回目。『週刊新社会』12日号でも紹介されている総務省の「労働力調査」をもとにした表の引用です。グラフをつくるときに使う「ウィザード」こそ「魔法使い」だと私は思いこんでいたのです。しかし20年にわたって正規をまったく増やさず、非正規雇用だけで1,000万人以上の労働力をつくりだした日本資本主義こそ「魔法使い」です。「相対的過剰人口(=失業者)を吸収した」つまり「若者を半失業状態に追い込んだ」のです。

剰余は多国籍資本を補強し、いっそう海外へと投じられた10年でした。まことに「魔法使い」=ウィザードです。

激増する非正規・不安定雇用

               単位:万人

 

 

役員を除く雇用者

正規の職員・従業員

パート・派遣・契約社員等

 

パート・アルバイト

労働者派遣事業所の派遣社員・嘱託、その他

 

うち派遣社員

1987年

4048

3337

711

561

150

−−

             

1997年

4963

3812

1152

945

207

−−

             

2007年

5120

3393

1726

1165

561

121

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2008年8月10日(日)の井上力
死語となる「24時間型介護」

7月31日で廃業したのはグッドウィルが有名ですが、ある法人が訪問介護をこの日付で事業をやめました。介護保険が始まる前、すでに訪問介護をスタートし、「24時間型」に取り組んできた事業所ですのでとても残念です。その後、コムスンが「24時間型」を手広く展開したものの、ご承知のような結果で、いま、「24時間型の在宅介護」は死語になり始めています。

もちろん、施設介護が行き届いたからではありません。むしろ逆で、在宅で過ごす高齢者・障害者の数は激増しています。

介護保険が始まる前、この法人のように「24時間型」に取り組んだところは、深夜、預かっている鍵でドアを開け、ヘッドライトを付けて他の家人が目をさますことのないよう、そっとベッドに近づき、オムツ交換などをしたのでした。

なぜ「24時間」の「需要」が減っているのか。家族が気づいて深夜に起きて介護をしている・・・のであれば、あるいは寝たきりの人が減っているのであれば・・・いいのですが、そうではありません。保険給付と負担の問題もありますが、これが主要因でもなさそうです。

あるヘルパーがオムツの改良を原因の一つに挙げておられます。そう言えば、赤ちゃんは近年、100%に近く紙オムツです。駅のゴミ箱が撤去されるのは危険物対策だけではなく、捨てられる汚物と紙オムツに電鉄会社も自治体も閉口した結果だとか。

私の母の経験で言えば、骨折で入院したあと、オムツの恐怖ゆえに老健でのショートステイを短く切り上げ、家に帰りました。2週間ほど私はとても親孝行ができたのでした。その恐怖から母は、2週間ほどで自ら車イスに乗り、トイレへ行くようになりました。便利な快適オムツという大発明は、老化にとって援軍なのでしょうか。さらに「24時間型介護」の「供給体制」がなくなる原因がオムツの改良であるとするなら、これは由々しき問題です。

『母にお襁褓をあてるとき』という著書を書いた大臣のご苦労からすれば、「それは話が逆だ」とお叱りをいただきそうです。また母の例は幸運な一例に過ぎません。

赤ちゃんの場合はどうなのでしょうか。発達に与える影響は、まったくないのでしょうか。発達学・育児の専門家が全員、若い母親たちと育児を分担している若い父親たち、そしてオムツ製造メーカーの機嫌を伺っているとも思えませんし。でも今さら、学説を発表したら「紙オムツ世代」から「もっと早く言えよ」なんて非難されるかも知れません。「水道使用量など使い捨ての方が地球環境に負担少ない」という反論もあるようです。「ウチは布オムツ」という先例もたくさんあるでしょうし。

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2008年8月5日(火)の井上力
2‰の83%は高率か

7月31日に株式会社グッドウィルが(親会社のグッドウィル・グループではない)事業を廃止したことについて日経新聞は「約六千人のグッドウィルの登録派遣スタッフのうち五千人以上が、派遣先企業による直接雇用への切り替えなどにより、就業先が決まったという」と報じています。

290万人という「公称スタッフ数」ではなく、分母を6,000人にし、この時点で「就職先などを決める必要のあった人」を0.2%(6,000÷2,900,000=2パーミル)まで減らし、そのうち就業先など(要らないと表明した人を除いてか)が決まった割合は、6千人中5千人(83%)という高い率になったというのです。営業社員や事務職員などグッドウィル固有の4,500人(6月末)とも1,500人(7月末)とも言われる社員の再就職がどうなのかということも含めて、とても大きな社会問題です。

労働者派遣法をどう改正するか、統計上の失業率を上げずに、日雇い派遣を禁止したいという政府の綱渡りは危険がいっぱいです。

*** * *** * *** * ***

きのうの『おはよう新社会党です』は、ウラ面に吉田さんが都賀川事故を特集していただきましたので、先週に続いて「労働経済白書」について。グラフを作り直して紹介しました。

『おはよう』では白黒です

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2008年8月4日(月)の井上力
7月28日/63年前そして53年前

都賀川の事故からきょうで1週間です。兵庫県が「緊急総点検」を始めます。現地では「市民の水辺・川開き」の看板が土曜日、外されました。

青天のヘキレキという表現があります。

私は三重県津市で高校まで過ごしました。父の遺体を見たはずですが何ぶん1歳半。人の死というものを実感したのは幼稚園時代。津の中河原海岸で起きた女子中学生36人の水死事故でした。ウィキペディアに書き込まれたのは、最近です。

風もない晴天でした。のちに屎尿の海洋投棄が行われますが、当時、四日市公害もまだ大丈夫で、きれいな海でした。その日も海水パンツ姿で、親戚のお姉さんの所へ行き「泳ぎに連れてって」と声をかけると、「えらい事故があったからきょうは泳げない」。それでも怖いもの見たさに現地へ連れて行ってもらったのでした。

亡くなったのは女子中学生ばかり36人。当時、周辺に救急車が何台あったのか。どこからテントが運ばれて救護所がつくられたのか。子どもの私に理解できたことは「人は死ぬと真っ白になり、鼻から蛔虫が出てくる。寄生虫が宿っておれない状態になる」ということでした。

志登茂川・安濃川と岩田川の三角州に津の町は発達し、ほぼ直線の海岸が2キロほど続いています。贄崎(にえざき)という漁港に近い一帯には旅館もあって、当時毎年「京都からの臨海学校」に使われていました。漁師さんたちが夏の間「海の家」を建て、結構賑やかな海水浴場でした。私らは有料の施設を使わず、泳いだ後はバスタオルを肩からかけて家で潮を落とすのでした。

この大事故が起きたのは、この海岸の北の方にある安濃川寄りで、松林が残り、遠浅で海水浴や潮干狩りにはこちらの方が適しているようでした。占領軍(進駐軍)が接収していたという「洋館建て」がありました。しかし人家は少なく、有料の海水浴場や私らが泳ぐ岩田川寄りは人家が近く、近鉄伊勢線の駅もあり漁港に近いので、一般の海水浴はこちらでした。事故にあった橋北中学は安濃川より北にあり、水泳訓練の場所もそちらに近い場所が選ばれたようです。更衣室と便所を学校に仮設したと言いますから、私らと同じように、水着に着替えてから海まで歩き、泳いだ後は学校へ戻ってからシャワーを浴びた10日間だったようです。

1953年9月の台風13号は、伊勢湾を襲い、安濃川が氾濫、伊勢湾の防潮堤も藤堂藩以来の砂丘に土盛りをした堤防は決壊しました。母が建てた直後の家は大人の腰まで水につかりました。この台風襲来までの海岸線は2キロ全域にわたって松林があったと言いますし、事故の一因にこの台風による河口部分の形状の変化をあげる向きもありました。

さて、この大事故は1955年7月28日。さらに10年前の7月28日は津が大空襲。このとき遺体はこの海岸で野焼きし、埋葬したと語り伝えられていました。生還した女子中学生が「防空ずきんをかぶったおばさんが『こっちへおいで』と手招きしていた」と語ったそうです。この中学生たちは私(当時5歳)より7歳から9歳ほど年上で、中学生というのですから12歳から15歳。1945年の、つまり10年前の空襲を記憶していたとは思えませんが、遺体を処理した話をその後、聞いていた人は多かったのではないかと思います。

都賀川の大事故も7月28日でした。中河原海岸での事故は学校の「授業」で刑事・民事とも長い裁判となり、当時の教職員は異動に次ぐ異動を強いられました。私が5・6年を担任してもらった米倉先生も、その犠牲者だと聞きました。中学校だけでは異動先が足りなくなったのだそうです。

かつての「日本学校安全会」(現/日本体育・学校健康センター)設立は、この事故の5年後、1960(昭和35)年です。

今回の件で新社会党・現地対策委員会(原和美・委員長)の要望は災害弔慰金(法律と市条例)に触れています。

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2008年8月1日(金)の井上力
対策委員会が要望

都賀川事故から4日目を迎えました。都賀川の流れは多少の日照りが続いても途切れることなく、大雨の後も数時間もすれば元に戻ります。ハウスが売り出す「おいしい水」をはじめ、六甲の水は普段、市民の誇りです。もっとも市民が飲み、使う水は、その殆どが淀川の水です。

今年は阪神大水害(昭和13年、1938年)から70年で、NHKでも特集番組がありました。70周年記念事業がいくつもおこなわれました。通称「六甲砂防」は、今も砂防ダムを造りつづけています。私の家から、東に1本、北西に1本、工事用のロープウェイが敷設され動いているのがよく見えます。50周年のときに「これで計画の約5割」、その後きちんと聞いていませんが、阪神大震災でかなりの崩落も見られることから、「100年かかる」と言われる超長期プロジェクトは、「終わらない公共事業」の一つです。

先日突然思い出した『石狩平野』の石狩川など、日本では少ないですが世界の川と正反対に、六甲の河川は、「できるだけ直線に、できるだけ速やかに流す」という設計思想です。そもそも日本やオランダほど古来、水と生活空間を仕切る「堤防」の発達した国は少ないそうです。

新社会党灘総支部は県本部と連携して、「都賀川事故現地対策委員会(原和美委員長)」をつくりました。葬儀も終ったタイミングで、要望書をきょう灘区役所に届けます。地域のコミュニティを再生し、地域に根ざした子育て・親育ちをめざしてきた「地域方式学童保育」への支援策などは、あえて要望から抜いています。バックデータは大量にありますが、3項目にまとめました。

一、事故の全容を解明し、再発防止策を講じてください

一、遺族に弔慰金等が支給されるようご配慮ください

一、河川管理者である兵庫県知事に都賀川護岸工事をはじめ、県内の河川の検証と安全総点検を求めてください

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