2008年11月の井上力
 

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11月27日(木) なるほど個性的
11月21日(金) 首相も「心配」だけど・・・
11月14日(金) 「変わらないアメリカ」?
11月11日(火) とばし読みできなかったフシュウ
11月8日(土) 下げ止まらない空港利用者数
11月7日(金) 高額所得者の申告は不経済?

11月1日(土)

一方の極に貧困が・・・

 

 

2008年11月27日(木)の井上力
なるほど個性的

首相の「なんで私が払うんだ」という健康保険制度を頭ごなしに批判した発言について、官房長官は「これからもある。個性だから」と擁護したそうです。私にかかってきたある電話への私の対応。

電話(女性)「○○○生命です。ガン保険をお勧めしています」

私「私の住んでいる町には誤字あり訂正健康保険制度がありますので、それに入っていますから結構です」

電話「入院日数ごとに5千円とか1万円、お払いできるシステムです。社会保険も国民健康保険も負担が3割と大きく、ガンになるととてもお金がかかります。日本人の二人に一人がガンにかかっています」

私「病気になってお金が要る、とても払えないから入院も手術もできない仕組みは、外資の医療保険とかが普及したのと裏表の関係ですよ。それに×××は破たんしたじゃないですか。ネズミ講もパンクするまでは幸せです。」

電話「×××は破たんしましたが、○○○は破たんしていません」

私「同じ保険料を公的保険に上積みすれば、健康保険制度は良くなりますよね。健康保険制度の出発は、最初は『助け合い』だったんです。テレホンアポインターの方に言っても始まらないことは分かっていますが、×××の破たんで加入者がどうなるのか、電話で説明を求められたって、報告しておいてください」

日本の総理大臣は、外資系保険会社のセールスマンか、その電話勧誘を引き受けているテレホンアポインターに「洗脳」(元航空幕僚長)されたのではないだろうか。

*** * ***

けさの『木曜行動』の「原和美/くらしと平和を語る」は、以下のとおりです。

原和美/くらしと平和を語る(10)

まなぶことが多い神戸の歴史


――松沢兼人先生、とても懐かしい、よく思い出しておきたい大先輩のお名前ですね。

原 和美 男子普通選挙が28年、昭和3年ですね。昭和4年は世界大恐慌の年、灘区が神戸市に編入されて最初の市議選で松沢先生は市会に出られたんですね。来年は灘区の神戸市編入80年ですってね。

――詳しいですね。

原 和美 灘区の皆さんに選挙でお世話になるたびに、色んなこと教えてもらったり、『神戸市會史』を広げてみたりね。阪急電車は地下で三宮へ乗り入れる約束だったのに、高架にして、以来そのままなんですってね。最近、阪急が提案している地下鉄と阪急の相互乗り入れ問題と、よく似た話でしょう?

――へえ〜そうなんだ。それまでは阪急は上筒井までだったとか。

原 和美 あっ、私、今も学生時代も、坂口通にとても縁があるんです。市電があった頃も知ってるんですよ。終バスは赤バス、その前は青バスとか・・・。世界大恐慌、松沢先生に話を戻すと、市の清掃従業員組合がつくられたとか、市電争議とか、神戸の歴史、先人の功績、まなぶことがとても多いですね。
 

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2008年11月21日(金)の井上力
首相も「心配」だけど・・・

首相の言動に目が奪われ、無視してはならない大きな出来事がマスコミで小さく扱われています。自動車をはじめとした製造業で派遣労働者が解雇されている事実です。

首相だけでなく井戸敏三・兵庫県知事も、この役割を果たしてしまいました。ばかばかしくて私は『おはよう新社会党です』や『平和のための木曜行動』でも、書いたりマイクで訴えたりしないで過ごしました。例の「(首都圏を襲う地震は)関西のチャンス」発言です。確か11日に知事会議があって、釈明会見が晩の8時半からで、そこでも開き直ったことが大々的に報じられたのですが、撤回はさらにずっと後になりました。2日後に「近畿ブロック知事会議での発言について」で「不適切であったと深く反省」なさったのでした。

週が変わった月曜日、17日の定例会見で、記者の質問に対してとても興味深いコメントを続けています。

一つ。大阪府知事の「成田=伊丹の定期便をやめるべきだ」という発言については次のように応じています。

成田便の問題は利便性の問題ですので、あえて伊丹・成田便を止めてしまえというよりは、関西国際空港と成田を結ぶ必要があるならば、航空会社に成田と結ぶように働きかけをするという、まずは自己努力をされてから、伊丹よりも関西国際空港の利用者が多いということならば、伊丹からの振り替えを航空会社に検討されるように働きかけるという基本姿勢が望ましい

関西空港の問題は「利便性」の問題だとおっしゃるのです。3つの空港(関空・伊丹・神戸)に責任を負い、いずれもその利便=採算=経営が大問題だとしてきたのは兵庫県知事自身だったのに。もともとは関空からの国際便がなぜ少ないかを指摘し、改善しなければならない立場だったのに・・・。「見えざる手」に委ねたことが原因なのです。「自己努力」は、「される」が後に続いていますから「大阪府知事は」が主語なのでしょう。

もう一つは、定額給付金問題。

少し市町村の自由を、特に所得制限等については市町村の実情に応じてしてもいいよという弾力的な余地が残ったということだと理解したらどうかと思います

「弾力的な余地」とは、たとえば下水道の料金を1年間徴収しない自治体が出てきたり、下水道整備に使う自治体があったり、こういうことが「弾力的」だと県民は思うのですが、2,000万円か1,800万円か定められた額について「自主返上をもとめるかどうか」が「弾力的な余地」だとおっしゃっているのです。

*** * ***

きのうの『木曜行動』紙上での「原和美/くらしと平和を語る」は以下のとおりです。

原和美/くらしと平和を語る(9)

歴史的な転換期。そのときわたしたちは


――金融危機から実体経済の不況へ。麻生政権は選挙より大不況への備えを選択したって言いましたね。

原 和美 確かにそう聞こえました。景気と選挙、昔から「二兎を追う者は一兎を得ず」って言うだろうって、どなたかが。

――選挙準備も長引いて大変ですね。

原 和美 1929年の世界大恐慌以来とか、サミットは歴史的とか・・・。昭和4年ですよ、1929年って。灘区が神戸市に編入された年、東灘区はまだ武庫郡だった。そういう歴史的な転換期に国会に籍を置ける可能性があるんですから。選挙準備も、そういう歴史の一コマにふさわしいものにしてくださいってお願いしてます。

――世界大恐慌のあと、日本は満州を植民地にし、アジアに進出して不況から脱出したものの、15年後は敗戦でした。

原 和美 灘には、松沢兼人先生っていらっしゃったでしょ。昭和4年に市会、戦後は衆議院と参議院、憲法制定の国会や地方自治制度で大きな業績を残された・・・。もちろん当時よりとても恵まれた政治的条件で、若者たちや私たちは活動できます。日本国憲法を生かして。
 

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2008年11月14日(金)の井上力
「変わらないアメリカ」?

小春日和です。原和美が灘区で丸一日行動したきのうも、そしてきょうも。GM・クライスラー・フォードというアメリカの自動車3大メーカーが、そろって政府の支援を要求し、G20の会合が始まります。「資本の自由を規制しない」と言うブッシュ大統領の「変わらない」発言は、自動車業界には朗報なのでしょうか。10兆円のお土産を手に訪米した麻生首相は「変わらないアメリカ」を支持するようですが、心中にならなければいいと、つい心配してしまいます。

吉田俊弘さんが1929年世界大恐慌を研究中です。私も「灘区と29年大恐慌」を調べたいと思っています。来年は世界大恐慌80年、灘区誕生80年、神戸市清掃従業員組合結成80年、神戸市電大争議80年です。

私たち灘総支部の大先輩中の大先輩、故・松沢兼人先生の生まれは1898年。1929(昭和4)年は、武庫郡六甲村・西灘村・西郷町が神戸市に編入され、灘区となった年です。前年の28年、初めての男子普通選挙が行われ、'29年には神戸市会議員選挙も行われますが、松沢先生はこのとき市会に当選し、戦前は4期、神戸市会議員を務めました(兼任の県議1期)。戦後は衆議院議員と参議院議員。私が入党する前でしたが'71年に引退されました。その後も灘総支部や摩耶支部の党員会議によく顔を出してくださいました。

*** * ***

原和美へのインタビューは8回目となりました。

原和美/くらしと平和を語る(8)

金融危機C  本山教授からエールとメール


――
9日に本山美彦教授の講演を聞く機会を持たれましたね

原 和美 はい「原和美を国会に送る会」が主催して、大阪10区の辻元清美さん、比例でたたかう社民党の服部良一さんにも駆けつけていただきました。

――本山教授って国際経済学の、とても著名な先生ですよね。

原 和美 9日にも、講演の最後に「原さん、がんばれ」っておっしゃっていただきましたが、ある講演会でお会いしたときに「世界金融危機でいろいろお伝えしたいこともあり、メール送りましょう」っておっしゃって、次々メールをいただきます。西灘小学校、原田中学、神戸高校ですし。

――へえ〜。「私は国会で、日本をこうする」のなかに、金融問題も加わりましたね。

原 和美 本山先生は、世界のGDPの10倍の金融派生商品が出回り、会社法の規制を受けない投資ファンド主役の世界経済に警鐘を発しておられます。日本の元来の金融政策が放棄させられ、ブッシュ政権の時代に変質してしまったと。週末、ワシントンで開かれる緊急金融サミットも、日本は麻生首相ではダメだろうって。 (つづく)
 

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2008年11月11日(火)の井上力
とばし読みできなかったフシュウ

前々首相は所信表明演説で「読み飛ばし」をしたことが、「投げだし」の直接的な動機となったという説があります。

『朝日新聞』がきょう

 麻生首相が国会で、戦争責任に関する過去の政府談話を「ふしゅう」する、という答弁を重ねている。参院事務局は「受け継ぐ」という意味の「踏襲(とうしゅう)」のことだと判断して議事録に載せているが、誤読続きに「秘書官が首相に指摘するべきだ」との声も出ている。
 首相は7日の参院本会議で田母神(たもがみ)俊雄・前空幕長の懸賞論文問題に絡んで歴史認識を問われ、アジア諸国へのおわびと反省を表明した95年の村山首相談話を「ふしゅう」すると答弁。10月15日の参院予算委員会でも、慰安婦問題で旧日本軍の関与を認めた93年の河野官房長官談話を「ふしゅう」する、と答えた。
 参院事務局によると、首相は外相だった昨年も、河野談話を「ふしゅう」と答弁。外務省に問い合わせて「踏襲」の意味だと確認したことがあるため、10月15日の答弁は議事録に「踏襲」と載せた。7日の答弁も内閣総務官室に確認すると「踏襲」だと即答があり、10日配布の議事録速報版で「踏襲」と直した。(藤田直央)

という囲み記事を載せています。89歳の母がデイケアに出かけるのを見送る前、新聞をネタに少し親子で盛り上がりました。答弁メモにどれくらいふりがなをつけているのだろうか?と。そしてここに読み仮名をつけなかったのは「いじ悪」か

世情は大金持ちが「踏み倒した」とか、世界中で経営者たちが人の道を「踏み外している」、あるいは政治が民意を「踏みつぶし」ていますので、こんな新しい読み方が誕生したのでしょうか。

秘書官が「踏み込んだ指摘(失礼。進言と言うべきか)」をすべきだと私も思います。まだ「投げだし」ていない、死んでないのに「腐臭(ふしゅう)」では、首相も気の毒です。


2008年11月8日(土)の井上力
下げ止まらない空港利用者数

サブプライムローンの破たん、新自由主義の破たんは昨年の夏。日銀が短観や金融政策決定会合などで景気の先行きに黄色信号を灯したのは今年の秋でした。一方、兵庫県知事が歳入不足を心配して「これまでどおりではやっていけない」と表明したのは昨年の初夏。「リーマン・ショック」は今年9月で、1929年大恐慌以来!と警鐘が乱打されました。

6日、トヨタが第2四半期の決算と通期見通しを公表し、「下半期は赤字」「1兆円の減益」(「トヨタ・ショック」)を明らかにしましたが、それ以前に期間工の新規募集停止や派遣社員の解雇がすでに進められていました。パナソニックは大阪湾岸への巨大投資を始めたものの、薄型テレビは売れず、世界第二位の電機資本で電気自動車(部品の)開発という方向が示されました。

各地の首長は、政府の顔色をうかがい「実体経済への影響は軽微」などと表明し続けていました。兵庫県知事も神戸市長も、「新自由主義・命」で、クビ切り行政・福祉切り捨て行政を加速させながら、実は先の見通しを表明できません。「不景気のときは中小企業融資」という十年一日、いや惰性としか言えない、効果のない、しかも当事者に不人気な施策にしがみついています。もう一つの景気対策である住宅建設も同様です。

兵庫県知事が「新行革プラン」を打ち出した際、その決断の大きな要素だったと言われる自動車取得税の大幅減収など、実はデータとしては(情報としては)アメリカの変化を予見できる情報を、かれは持っていたのです。

一方、神戸市は「政策不況」トンネルに入ったままです。先端医療センターの隣に造る2つの新病院(一つは市立民営)が、神戸の雇用や所得に曙光をもたらすはずもなく、ホテルの過剰誘致が明らかになりました。

ちょうど神戸空港の10月分利用者数が公表されましたので、「いまどきの神戸空港」に紹介しました。乗客減は深刻です。神戸空港は、その建設費の償還が来年度からです。

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2008年11月7日(金)の井上力
高額所得者の申告は不経済?

「政治の劣化」・・・2兆円で「票を買う。3年後から毎年(消費税引き上げで)倍返し、あるいは○倍返し」。いま「高額所得者に辞退してもらうという申告制ではどうだろう」と、劣化も深刻

ひととき流行語となった「品格」を麻生政権に求める声は出ません。もはや、そういうレベルの話ではないようです。首相の学歴から「品がない。下品だ」は、時代が時代なら一種の不敬罪であり、今の問題は「地球レベルの金融と経済」ですから、「これでは不経済だ」とも言わないのです。

きのう一日、街頭演説や挨拶回り、そして朝夕の木曜行動で原和美と一緒でしたが、「医療と社会保障の再生」を訴えました。

きのうで7回目の原和美へのインタビューは、以下のとおりです。

原和美/くらしと平和を語る(7)

金融危機B  「唯一の超大国」なくなった


――アメリカは初のアフリカ系大統領を誕生させました。

原 和美 言われているように金融危機と大不況が「チェンジ」のオバマさんを後押ししたんでしょうね。ブッシュ大統領の8年は「米一人勝ち」と2つの戦争の8年で、底流にあった「反戦」「環境」が本流になったという要素もあると思います。

――2つの戦争のうち、オバマは「イラクから16か月以内に撤退」、そしてアフガニスタンへは増派ですね。

原 和美 イラクは大量破壊兵器を持っているという「間違った情報」で始めた戦争だから撤退、そして9・11の報復が目的でNATOも熱心だからアフガニスタンは、ということなのでしょうか。でも、もうアメリカは経済的にも軍事的にも「唯一の超大国」ではなくなったという世界の共通認識が広がっていくと思います。財政赤字も百兆円ってすごい額ですよね。

――日本も考えるときですよね。

原 和美 すでに貿易は対米の割合が減り続け、世界が協調と協力の時代に入ったんです。日本国憲法、戦力不保持の9条が世界に通用する時代の幕開けです。 (つづく)
 

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2008年11月1日(土)の井上力
一方の極に貧困が・・・

麻生首相が30日に行った記者会見に、吹き出してしまいました。翌朝の新聞は消費税問題に注目し、テレビでは「民主党の金融対策と似ている」と言っていたところが多かったようです。

「国と自治体が事業を興して失業を減らす。失業者を出さない」ことが盛り込まれていないという点で、私たちの要求とは正反対です。そればかりではありません。

解散が不可能になったこと、金融危機を利用して税金を大企業と富裕層に投入すること、過剰生産を取り繕うこと、そのために売れ残り商品を庶民が購入するよう奨励することなどの表明です。内需・消費・自動車・住宅・・・貧困な頭脳で連想したものは結局、アメリカ型の消費大国への道だったようです。これでは高速道路だけでなく社会が大渋滞する「閉塞の継続」の選択です。

貧困が働く若者に蓄積しているのと同程度に、首相の頭脳にも貧困が蓄積しています。

遅くなりましたが、木曜日の原和美が語る「くらしと平和」は、以下のとおりです。

原和美/くらしと平和を語る(6)

金融危機A  サブプライムローン「やっぱりね」


――ネットに「シアトル日記」を載せておられますが、そうだ、原さんは英米学科だったし4年前でしたか、アメリカ留学をしたのは?

原 和美 そうです。4年前の参議院選挙が終わって、ワシントン大学のコースに、ホームステイでほんの少しの間だけ。留学って言えるものじゃありません。

――その頃のアメリカは、まだまだ元気だった?

原 和美 大きな国だし、フロンティア精神ってよく言われるでしょ。産業の盛衰と都市の盛衰が一体なんです。たとえばデトロイトは自動車、サンフランシスコのシリコンバレーはITとか。シアトルは港で神戸と縁があり、イチローのマリナーズとか。デトロイトは人口90万人を割って最盛期の半分になっているんです。

――競争こそが、消費こそがアメリカだって言う人もいますね?

原 和美 華やかな一面、どのまちにもスラム街があって・・・。セーフティネットも「競争のスタートラインは公平に」という考えで、日本でいう社会保障じゃないんです。サブプライム・ローンも「アメリカは、やってたのか」「やっぱりね」って思いますね。 (つづく)

ネット上では金融危機@を誤ってアップしていました。11月21日、正しいものと差し替えました

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