| 2010年6・7月の井上力 |
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日付 |
見出し |
| 7月29日(木) | ウィキリークスを見よう |
| 7月27日(火) | 「よい介護」は生産性を下げる |
| 6月15日(火) | 国権の最高機関は内閣? |
| 6月7日(月) | 秋葉忠利・広島市長が神戸へ |
| 6月3日(木) | 立つ鳩基地を残す |
2010年7月29日(木)の井上力
ウィキリークスを見よう
けさの「木曜行動」は、大雨のため中止したのですが、『なだ・平和のための木曜行動』は、久しぶりにアフガニスタン情勢。
ジュリアン・アサーンジ(Julian Assange)氏が主催するウェブサイト「ウィキリークス」が発信する情報の信憑性は高まるばかりです。「アフガン戦争日記」。
イギリスに滞在する小林恭子さん(http://ukmedia.exblog.jp/)は「9万2000点という大量の米軍機密書類が、数週間前に米ニューヨークタイムズ、独シュピーゲル、英ガーディアンにウィキリークスを通じて渡され、26日に(月曜日付けに直しました)各紙が一斉公開した」と。
同ブログに紹介されたインタビューで、ジュリアン・アサンジ氏は、「今回の情報は、かつての「ペンタゴン文書」(ベトナム戦争に関する極秘文書、1970年代に公表され、物議をかもす・・・小林恭子さんの付言)に匹敵すると思う。しかし、こちらのほうが情報量がはるかに大きい上に、(米国とベトナムのみではなく・・・同)はるかに大きな読者層を相手にしている。また、インターネットで公開しているので、人々はコメントを残せる」と言っています。ロンドンではガーディアンが売り切れるほど関心を集め、米政権は大騒動ですが、日本のマスコミは米政府の動きのみを伝えています。
ビラでは、アフガニスタン(有志連合側)戦死者数の激増についてhttp://icasualties.org/oef/の情報をグラフにして載せました。
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| いずれもhttp://icasualties.org/oef/より |
2010年7月27日(火)の井上力
「よい介護」は生産性を下げる
夏休みが終わりに近づいて、あわてて宿題をする。宿題に追われなくなっても、あす配るビラは前夜につくる。他のいっさいの仕事も同じで、それでも自分では乗り切ってきたと思い込んでいる。類は友を呼んで「その方がいい仕事ができる」などと同調する人まで現れるもの。いや、助けてくれる人が現れて、たとえば演説会はそこそこの集まりで胸をなで下ろす。しかし、異なる類型の人々・・・まじめで仕事は早めに手を着け、早めに完成させるというタイプのほとんどの方々・・・の信頼は徐々に薄れるのは必至。
参議院選挙が終わって2週間、ついに「7月の井上力」は、あと5日しかありません。
原和美さんの選挙結果には、大勢の方々にご心配をいただきました。変わらず元気な原和美さんの姿を目にしていただいたら、声をかけてください。灘区では比例の得票数一位と二位(原和美)が落選で、三位以下ずっと当選者です。ご期待にお応えできませんでした。おわびします。
週末23日、500ページちかい経済財政白書。「20年間需要不足」「介護は成長産業」に焦点を絞って各紙が報じました。『毎日』は介護について「一方、職員の待遇改善に不可欠な、介護報酬引き上げなど、介護保険制度の見直しは提案しなかった。保険料引き上げや、国や地方の財政負担増に直結するため、避けたとみられ、核心部分には触れずじまいだった。」と紹介しました。 どこが白書?どこが経済「財政」?という指摘です。
ところが白書では大きな発見をしたと、この節を結んでいます。「これまで、介護事業は労働集約的なサービスであり、生産性の向上は難しいと考えられてきたが、IT の活用により、介護人員の効率的な配置・派遣やその他の事務の効率化が進めば、賃金の改善につながる可能性があることが分かった。」 (308ページ)と。赤字は引用者。
大発見だそうです。そもそも言葉の定義としての「労働生産性」「付加価値生産性」がどのような計算式で表現されるか不明ですが、常識的な規定であることを前提として、私はこの白書は大変な間違いを、それも二重の間違いをしていると考えます。
ひとつは、そもそも「ITの活用を図った事業所」を人数規模別だけでなく、資本金規模別やもっと言えば、病院・診療所、あるいは特別養護老人ホームなどと一体経営かそうではないか、などの分析が行われていません。上図(309ページ)を大発見の根拠とするのは余りにも短絡的です。
もう一つは、「介護の質」と「介護報酬」の、10年間指摘され続けてきた問題です。
介護保険10年の今ごろになってなぜ、「24時間地域巡回型訪問サービスのあり方検討会」(6月18日、厚労相)などと話題になるのでしょうか。実は要介護高齢者の増加、そして重度化にもかかわらず、「24時間地域巡回型訪問介護」のニーズは減っています。ついに事業として、経営として成り立たないから「あり方検討」が行われているのです。断定的に発言できる資料を持っていませんが、 わかりやすい例で言えば「オムツの高品質化」を理由にあげた介護士の意見が、納得できそうです。 もちろん、さらにその背景には貧困化がここでも大きな影響を与えていますが。
「オムツの高品質化→快適→取り替えを求めない→介護者の負担が軽い」イノベーション(技術革新)の成果を国民は享受しています。トイレや介護用品の改善も、まったく同じです。喜んで10年、しかし事態は深刻になっています。図式につづきがあるのです。
「オムツの高品質化→快適→取り替えを求めない→(介護者の負担は軽いが)やがて尿意・便意を自覚できなくなる→要介護度が上がる→(施設入所の場合などでは)介護報酬が増える=言い方を変えれば「生産性は向上」ということになります。
一方、介護労働者が施設長などと相談して、おむつ外しに取り組んだり、できるだけオムツをしない、寝たきりにさせない介護を取り組んだとしましょう。図式は以下のようになります。「高品質のオムツを使わない→頻繁にトイレ介助が必要となる→「失敗」(トイレまで行っても何も出ず、戻ったとたんに、などの場合も含めて)しても何事もなかったかのように接する。しかし「失敗」したときの労力、着替え・洗濯だけでなく、「失敗」しなかったときにこそしっかりと声をかけたり、希望が生まれるような会話をしなければならないので、介護者、介護労働者の労力は比べものにならないほど増大する。しかし、さらに恐ろしいのは、→要介護度が下がり(本来、喜ぶべきことであって恐ろしいことではありませんが)、あるいは上がらず、介護報酬は下がるか増えないという結果となるのです。内閣府はこれを「生産性が下がる」と言うでしょう。
IT化が進んでセンサー付のオムツが開発されても、結果は同じです。要は人間の尊厳を奪われないためには、労力、人手を惜しんではいけない、ということではないでしょうか。高齢者は「家族にも他人にも迷惑をかけたくない」と言います。おそらく私たちの世代の人々も同じことを考えているでしょう。そして若者はもちろんです。「垂れ流し」や「寝たきり・寝かせきり」を忌み嫌うのは常ですが、自分のこととしてではなく、社会問題として、介護保険10年の大失敗問題として、考えようではありませんか。
2010年6月15日(火)の井上力
国権の最高機関は内閣?
きょうは「60年安保」国会デモで樺美智子さんが亡くなった日です。新聞が50年と言うことでいろいろ書いています。朝日新聞の天声人語をけさ読みました。
「日米同盟は国際的な共有財産」だとした菅首相の所信表明に、樺美智子さんは、ほほえんでおられようか、と。
原和美の街宣車で、灘区内6〜7か所、日米共同声明・福島瑞穂党首罷免・社民党政権離脱・鳩山退陣・菅直人首班指名・組閣・所信表明・政権党が質問しない代表質問という一連の出来事についてマイクを握りました。国権の最高機関たる国会の50年の変貌を思います。
2010年6月7日(月)の井上力
秋葉忠利・広島市長が神戸へ
1か月を切り、チケットの販売活動がピークを迎えています。
広島市長の秋葉忠利さんを、ろっこう医療生協が迎え「2010平和のつどい」を開催します。NPT再検討会議は、核兵器廃絶への一歩を何とか刻むことができました。まさに「自治体から世界を変える」大きなたたかいが繰り広げられています。
「外交・防衛は国の専管事項」という規定はすでに死語です。核保有国のエゴと立ち向かう平和市長会議の行動こそが、被爆者を励ましています。期限を定め、中間目標を近い未来に置き、核兵器廃絶・人類生存への唯一の道です。核兵器の使用による最初の被爆者をつくり出してしまってから65年。核兵器が抑止力ではないことに、核保有国がようやく気づいた「いま」が大切です。
ろっこう医療生協は代表をニューヨークに派遣しました。その報告集会を兼ねています。
前売り券購入など詳しくは「ろっこう医療生協のホームページ」へ。
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2010年6月3日(木)の井上力
立つ鳩基地を残す
鳩山首相の退陣。
私たちはけさのチラシなどで「退陣は当然だが、日米共同声明の撤回を」と主張しています。1997年の年末、名護市長が首相官邸に橋本首相を訪ね、市民投票の結果と正反対の「基地受け入れ」を表明し、市長を辞職してしまった大事件を思い出します。訴訟もありました。以来12年ぶりの市長が、今年誕生した稲嶺進市長です。
沖縄からの退陣についてのメッセージは「怒」です。これでは「立つ鳥跡を濁さず」ではなく「立つ鳩基地を残す」ではないか、は『沖縄タイムス』。
ニューヨークタイムスは日米共同声明を「オバマの勝利」と書き、沖縄の地方紙2紙は、電子版・号外で社民党の政権離脱を報じています。
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母が「半生記」(91歳です。本人は半生記とは言っていません)をパソコンで再び書き始めました。父親が存命の学生時代がやはり一番楽しかったのでしょう。「オーラルヒストリー(口述の自分史)」が流行しているようですが、私は非協力です。一人娘で「働く女性たれ」という教えを受け、それがその後の人生の不幸を幾分かでも和らげた。私にはその程度のことしか分かりません。
1919年という年は、スペイン風邪大流行で同年代の子どもが大量に亡くなり、学校に入る、就職する、何をするにも競争が緩やかだったというのが母の口癖です。父親が死んで戦争が始まったことを、私の祖母(母の母)は「イヤなことを体験することなく、ええときに先立った」と言っていましたが、それからが苦難の連続でした。極めつきは姉が父親と同じ結核を患ったことと息子の社会党入党だったでしょうが。アジア・太平洋戦争の始まりは12歳のときです。男性の不足、旧民法、空襲、夫の就職、夫の単身赴任、夫の死、水害、母親の「恍惚症」(痴呆症と命名され今は、認知症)・・・もっともスペイン風邪に加えて戦争で男性が不足したのは、資格を持った女性にとって仕事に就ける確率を増やしました。現代の、少子化なのに競争が激しい時代とは大変な違いです。
辛かったことは忘れるに超したことはありません。片手が動く、ローマ字入力ができる、女学校時代のことを書いているようでした。老健に入ったSさん、ご夫婦とも歩くのが辛そうな同じ棟に住むIさん、私が訪ねる予定です。