2011年1月の井上力

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1月29日(土) 公権力の利益救済を申し立て!
1月21日(金) 欲しいもの山盛り大臣内閣
1月20日(木) 佐高信さんが来ます
1月17日(月) 大震災16年
1月10日(祝) 雇用問題は深刻化
1月6日(木) 小規模多機能が17日から
1月5日(水) ビリーバンバン・コンサート
1月4日(火) ろっこう医療生協30年
1月3日(月) 二兎どころか四空港追う
1月2日(日) 36年前の卯年
1月1日(土) 絶滅の心配なし!ジュゴンおじさん
   

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2011年1月29日(土)の井上力
公権力の利益救済を申し立て!

昨年の名護市長選挙は1月24日でした。ちょうど1年たった28日、沖縄防衛局が名護市に対して異議申し立てをしたと言います。沖縄防衛局の現況調査という着工準備。稲嶺進市長は昨年11月30日、「河川立ち入り申請」「天然記念物現状変更許可申請」「漁港区域内行為の協議」などを不許可としていました。申請目的は「辺野古ダムでの水生生物調査」「サンゴなどの生息分布状況調査」「大浦川に自生するマングローブへの立ち入り調査」。調査と称して監視ヤグラから人がたたき落とされたり、けが人も出ましたし、自衛隊の艦船まで出動させた安倍政権時代のできごともありました。ガードマンの日当は3万円、これも「調査」でした。

以上、『琉球新報』『沖縄タイムス』などより。不服申し立てから訴訟へ進むのでしょうか。前代未聞です。名護市を被告とすることも「甘受せよ」なのでしょうか。

行政不服審査法第一条には「この法律は、行政庁の違法又は不当な処分その他公権力の行使に当たる行為に関し、国民に対して広く行政庁に対する不服申立てのみちを開くことによつて、簡易迅速な手続による国民の権利利益の救済を図るとともに、行政の適正な運営を確保することを目的とする。」とされており、公権力が公権力の利益を守ってほしいという申し立ては異様です。(赤字は引用者)

市側への申し立ての連絡は、担当課長の不在中、防衛局職員の名刺を添えた書類が机の上に置かれる形で行われ、課にいた2人の市職員も気付かなかったという。市長は「誰にも合図もせずに机にそっと置いて『送りました』というのは信義に欠けるのではないか」と怒りを抑えながら語った。

『琉球新報』は、こう報じています。 防衛省は、名護に44人体制の「名護防衛事務所」を年度内に開設。高江のヘリパッドは訴訟のさなかに工事強行。辺野古のフェンス工事は何の説明もないまま。「市長が代わったから」と再編交付金16億円を出さない決定もありました。

対して、ふるさと納税を名護へ、という呼びかけもあります。これは『週刊金曜日』最新号。名護市のふるさと納税申込書はこれです。

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2011年1月21日(金)の井上力
欲しいもの山盛り大臣内閣

菅・改造内閣の発足から1週間が経過しました。政権交代から1年半もたたないのに、鳩山・平成の琉球処分内閣→反小沢内閣→菅直人・徴税内閣という3人目の首相です。毎年首相が代わるのでは国際的に信頼されない。たしかにそのとおりでしょうが、同じ党の内閣で、あるいは同じ首相で言ってることが変わる内閣の方が、もっと信頼されないのではないでしょうか。外国にどう信頼されるかではなく、国民からどう信頼されるかです。連合がかかげた「希望と安心」は、長期政権(居座り)への希望と、大企業が採用を抑えて社内の競争が激化しないという安心だったのでしょうか。ますます組合員が経営の責任を負わせられる社会になっていきます。

●民間人の登用で、例えば雨宮処凛さんだったりすれば、まさにサプライズで小泉的ですが、民間人になるべきだが議員辞職しない与謝野馨では・・・

●藤井さんは見識のあるベテラン議員だと言われてきましたが、わずか一年前、財務相として「査定大臣たれ」と言った人が「欲しいもの山盛り大臣内閣」に副長官で戻るとは

●江田五月・元議長の法相就任と西岡議長の内閣批判は、ともに違憲

●自民党が言う「平成の議席どろぼう」は本質を突いていません。消費税大増税という「徴税策」どろぼうじゃないのですか。政策どろぼうという表現も不適切です。毎日新聞整理部の表現を借りれば「金策どろぼう」です

●「離党などの反党行為をしない」誓約書を与謝野馨が書いていた自民党のお粗末

●自民党は「本誓約書が公表されても異議ありません」と'09年総選挙で全候補者が密約し、だれか一人離党すれば密約が発覚して全員が物笑いになる「秘密結社」だった。小選挙区制と政党助成は政党を潰しました。

政党ってナンダ。

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2011年1月20日(木)の井上力
佐高信さんが来ます

3月17日の地方選・決起集会に佐高信さんが来ていただけることになりました。間に立っていただいた方々に感謝しています。「地方議会の信頼回復は可能か?」・・・可能だし、可能となるようにたたかうのですが・・・という重いテーマを「佐高信さんと語る地方政治」と題して。

名古屋の住民投票が2月6日に行われます。市議会解散の是非を問う住民投票。知事選、市長選とのトリプル投票です。解散・解職という結果となれば、3月13日が市議選投票日となり、佐高信さんに灘に来ていただくのは、そのちょうど4日後です。上は、けさの『木曜行動』に載せた集会の案内です。

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2011年1月17日(月)の井上力
大震災16年

昨夜来のパウダースノーで団地の敷地内や、幹線道路も路側帯の外は真っ白。5時46分東遊園地、7時から阪急王子公園駅前で定例の『おはよう新社会党です』、移動して7時40分から三宮・交通センタービル前で新社会党の大震災アピール。 王子公園のサブグランドは2日つづきで霜柱が立ったそうです。

Sさんが「武庫川ユニオン日本郵便非正規ユニオン」のニュースNO.25を届けてくださいました。「1.17阪神淡路大震災によせて」 など。

1.17と無関係。Aさんが事務所に持ってこられたのは土曜日の『スポニチ』。的場悠紀弁護士が書く競馬の予想コラム欄に 、読谷村「よみたんガイド風の会」の比嘉涼子さんの名があります。憲法を生かす会・灘が昨年、平和の旅をした際お世話になったガイドさんです。

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2011年1月10日(祝)の井上力
雇用問題は深刻化

兵庫県の緊急雇用対策について、12月に同本部会議がまとめた「推進状況」の一部をグラフにしてみました。『おはよう新社会党です』に載せる関係もあって。

 

国は基金を都道府県に配る。都道府県は計画し、委託し、今回は求人を出す。労働局・ハローワークが求職者を集める。個々の失業者=求職者が訪ねる場所はハローワーク(国)。おおざっぱに言えばこのような役割分担です。雇用流動化で急成長している人材ビジネス会社(派遣業を含む)や専門校の売り上げは増えます。求人倍率(求職2人に求人1人)が0.5でも「ミスマッチ」で片付けられている雇用問題は、知事、市長、総理大臣が本気にならないと前へ進みません。

上記とは異なりますが、離職者職業訓練にKさんは介護分野で、OさんはITで訓練中です。

給付金つき職業訓練が新年度予算で「恒久化」されます。'10年度補正予算の1,000億円に続いて、775億円。民主党は、麻生政権から引き継いだこの政策を、自画自賛しています。米軍思いやり予算は1,848億円。何よりも、基金を運用する県知事(や市長)が、緊急雇用に応じた人、職業訓練を受けた人、あるいはその未来形の人々の、「最後の一人まで」心を配れるかどうかです。

憲法は労働について「(勤労の)権利を有し、義務を負う」(27条)としています。有効求人倍率が0.5の状態が長く続いているのは、違憲状態です。「最後の一人まで」雇用を保障する責務が、総理大臣や、基金を受け取った知事にあります。ただし、餓死者が訴訟を起こさない限り裁判所が違憲の審判を下すことはなさそうです。

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2011年1月6日(木)の井上力
小規模多機能が17日から

ろっこう医療生協30周年記念事業の一つに、「小規模多機能とががわ」の開設があります。けさの木曜行動のチラシに次のように紹介しました。

ろっこう医療生協が30周年で新事業

小規模多機能がオープン

 国道大石川交差点に17日、「小規模多機能とががわ」がオープンします。介護保険スタートから11年、デイサービスもショートステイも、そして訪問介護も身近に。一方、特別養護老人ホームは満床のうえ、新しい施設もできません。建設されるのは有料老人ホームばかりです。

 「小規模多機能」は、少人数の25人が自宅に(改修して)住み、「訪問介護を受ける(ヘルパーに来てもらう)」「通って半日過ごす(デイサービス)」「ショートステイのように泊まる」という3つ機能(1つではないから多機能)を専門員や家族(主たる介護者)と相談して組み合わせ、ケアプラン(計画)をつくります。

 長野県の大きな民家を改造した「小規模多機能」をかつて見学したIさん(61)は「希望を持って灘区に住み続けられる」と喜びます。「働く」「調理や手芸」「畑に通う」「おむつ外しに挑戦」「グランドゴルフ」「囲碁講座」「音楽発表会」・・・ろっこう医療生協の夢が膨らみます。

登録25人にまだ達していないそうです。問い合わせは078-802-3424ろっこう医療生協まで。医療生協の「小規模多機能とががわ」のページはここです。

土本亜理子さんの『小規模多機能』(岩波書店、2010年8月26日)もぜひ。

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2011年1月5日(水)の井上力
ビリーバンバン・コンサート

ろっこう医療生協が取り組んでいる「ビリーバンバン・コンサート」のチケットが、15日からチケットぴあで一般販売されます。ライブや甲子園のチケット取得に縁の薄い方 も(私がもっとも縁遠いかも・・・)医療生協の先行販売で買いそびれた方も、「ぴあ」を検索し、検索画面で「ビリーバンバン」を検索してください。 下のような画面がでてきます。13日11時までは先行抽選販売期間です。公演は、3月5日(土)13時30分、会場は神戸芸術センター(新神戸駅前)です。収益はユニセフに寄付されます。

 

ろっこう医療生協のチラシはここから

(主催者としての先行販売は終了しています)

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2011年1月4日(火)の井上力
ろっこう医療生協30年

ろっこう医療生協・灘診療所はきょう診療開始30年を迎えました。

1980年11月30日が設立総会でしたので、昨年から記念事業が繰り広げられています。記念誌が編集され、記念集会も行われました。2月に文化スポーツのイベント、3月5日にはビリーバンバンのコンサートが予定されています。坂本冬美がカバーし、2年連続(たしか?)紅白で唄った『また君に恋してる』が、もちろん聴けます。カラオケで唄われた歌の、昨年はトップだったそうです。

記念誌は、井上由紀子さんをはじめ多くの方々の手をわずらわせましたが、六甲道診療所の建設運動の頃を担当して次の一文を書きました。

六甲道診療所、建設運動は2回   井上力

 初代専務の津野公男さんからバトンを引きついだ私の仕事は、「第二診療所」(六甲道診療所)をつくって、「診療所の運営者」つまり組合員を、その地域(診療圏)に増やすことでした。もちろん私一人でできる話でなく、みんなで。摩耶や上野、あるいは河原や灘中央のように、「診療所の運営者」が一つの街のなかで全世帯の3割に近づくと、まちが変化し始めたように見えました。

 佐良嘉弘さんは公共施設や公園の少ない摩耶地区に地域福祉センターをつくるため奔走し、やがて実現しました。太田弘之さんは医生協を商店街の仲間に加えてくださいました。小山竹二さんは「(命がけで診療所を労働者がつくった)無産診療所」を知る人でした。ベーチェット病友の会、そして難病連は古田寿夫さんと庄治秀夫さん。庄治さんを除いていずれも故人です。老人健診や2時間ドックの受診率を目に見えて上げることができれば、脳卒中(脳梗塞や脳出血)は減らせるし、地域に公共施設が増える。高血圧、高脂血症、糖尿病とたたかうまちをつくる・・・。そのために拠点をもう一つつくる・・・。橋本克巳理事長(当時、故人)、鳴海妥先生と金丸正樹常務(当時)が脇目もふらず走ってきた創立から10年の「答え」でした。太田猛、向達也、二人の顧問(いずれも故人)も、若い者がだした方針を喜んでくれました。

 建設委員長は吉田俊弘さん(当時県議)で、もちろん谷口敏光医師が構想を立てました。とにかく手紙を出しては夜討ちのごとく訪ねて行って、片っ端から出資金を預かってしまうのです。「集中拡大」とか名づけて、組合員でない人も呼びかける側に立ってもらい、「ええことやから」「灘診療所は成功したから」と、多くは千円の出資をもらって帰るのです。

 昼間人口が多く相当の人々が大阪通勤のまちで、あらゆる種類の病院・診療所がひしめくまちで、六甲道診療所は、最初からキラリと光るものを出さなければなりませんでした。谷口先生と職員の苦労は半端じゃありませんでした。

 新たにつくられた班会議は、運動しました。老人医療無料制度が、ちょうど波打ち際にに立つ人の足元から砂を削り取るようにして脅かされた時期。一部負担金引き上げ反対。「寝たきり老人」。介護をめぐる悲劇と心配の声を集めたのも班会議でした。公立のデイサービスセンター(現在のデイホーム六甲)が初めてできました。特養をつくろう、老人保健施設をつくろう。御旅所での健康まつり。今村稔さんや岡本秀美さん、福井茂さん、職員では和田欣也さん・・・。

 そこへ大震災でした。加古川から藤原台まで。仮住まい・仮設住まいだけでなく、Wさんは岡山へ、Mさんは鹿児島へ・・・。六甲道診療所の建設運動は「2回」あったのです。2回目の「建設運動」を支えた組合員、職員そして役員の団結と力は、偉大でした。

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2011年1月3日(月)の井上力
二兎どころか四空港追う

3日つづきで年賀状に書いたことについて。「二兎追う者は一兎を得ず」二兎どころか四つの空港を追う県政の目と耳を県民のくらしと労働に・・・と。

あすの『おはよう新社会党です』に卯年にちなんで次のような囲み。画像はジャストシステムの「花子」より

消費税引き上げとTPP(環太平洋経済連携協定)

日本経団連が菅首相に「消費税引き上げとTPP」を勧めています。毛を剥がれたウサギに「海水で身体を洗い、強い風で乾かしなさい」と言った『古事記』にでてくる神様たちのアドバイスと同じです

♪待ちぼうけ♪

農夫の目の前で、ある日切り株にウサギがつまづいて転び、農夫はウサギを手に入れました。以来、農夫は畑仕事をせずウサギを待ち続けました。いつしかきび畑は荒れ野に変わり果てました。満州の開拓農民に勤勉を説くメッセージでした。今年は満州事変から80年

二兎どころか四兎追い・・・

「二兎を追う者一兎をも得ず」なのに、兵庫県は関西空港、伊丹空港、神戸空港、そして但馬空港という四つの空港を追い続けます。1月中にも「関西空港の解体販売」計画が確定。関西空港には県・市で200億円超の出資。神戸空港着工は前の卯年

36年前の卯年

1975(昭和50)年は卯年でした。初めて赤字国債が発行されました。貸し手が国内とはいうものの借金900兆円。ベトナム戦争が終わり、日本の大企業が多国籍化し始めます。新自由主義元年でした

寅年が往けど今年もタイガース  (灘総支部党員多数派)

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2011年1月2日(日)の井上力
36年前の卯年

年賀状に「初めて議席をお預かりしたのも卯年でした。24年たちます」と書きました。 (卯年のことが)ご挨拶に伺った先で話題になることがあります。中田作成先生「僕も年男ですよ」

36年前の卯年はベトナム戦争が終結した1975年。この年の統一地方選挙は灘総支部の「公認候補者全員当選」という社会党−新社会党の歴史のなかでたった一度の出来事のあった年です。県会・太田猛、市会・向達也、市会・平田辰男という3人(いずれも故人)。

ベトナム戦争の終結から秋のスト権ストを経て、運動は大きな後退局面を迎えました。1975年は赤字国債が初めて発行された年でもあります。「アジアの平和」は資本の多国籍化の幕開けを意味し、新自由主義元年とも言える年でした。

連合会長が年頭所感で「我々も負担する」と、消費税大増税容認へとカジを切る発言をしたそうです。2年前は年越し派遣村にカンパを持って出かけた連合が、「希望と安心」という言葉とは裏腹に、いよいよ政権を日本経団連と連合が支える騎馬戦のようなスタイルを選択したと言うことでしょうか。それにしても連合傘下の組合員から上がる悲鳴は深刻ですが・・・

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2011年1月1日(土)の井上力
絶滅の心配なし!ジュゴンおじさん

明けましておめでとうございます。ちょうど百日後が投票日です。

親しい方々への年賀状に、辺野古に2007年にやって来たジュゴン母のパートナー「ジュゴンおじさん」と私が並んで手を挙げている写真をつけました。

絶滅危惧種ですが、保護する運動も力強く、確かです。

2007年にやって来たときの映像とCoccoの『ジュゴンの見える丘』です 。きのう紅白歌合戦に出たHYの『時をこえ』とともに、昨年一年、「辺野古に明け辺野古に暮れた」「沖縄に明け沖縄に暮れた」かのような(日本と)私の、何度も聞き、口ずさんだ?歌の一つです。

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