2011年3月の井上力

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3月29日(火) ハイロアクション緊急声明
3月25日(金) 田中英雄さんに伺いました
3月20日(日) 原子力資料情報室へ
3月18日(金) いのちをてんびんにかけるな
3月16日(水) 動画をアップしました
3月14日(月) 首都が足手まとい
3月12日(土) 大震災、歴史に学べるもの学べないもの
3月9日(水) 「しおり」をアップしました
3月8日(火) 家賃に苦しむアンハッピー
3月6日(日) 前原外相辞任
3月1日(火) いただいたハガキから (2)
   

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2011年3月29日(火)の井上力
ハイロアクション緊急声明

2011年統一地方選挙(第17回統一地方選挙)兵庫県議会議員選挙、神戸市灘区選挙区に立候補する準備の活動のなかで、公職選挙法で許されている「はがき」を集める活動が、お陰様で好調です。「集める」とは不遜な表現で、「書いていただく」のは困難を極めます。法定数上限は8,000枚です。告示目前で新聞を見る時間も減り、テレビを見る時間も減っている上に、疲れから集中力の欠如が著しくなっています。メールや手紙に目を通す時間も減っています。原子力資料情報室が、忙しいなか、さっそく賛助会員の申込書を送ってくださいました。

被災地で懸命の活動をしておられる方々に感謝します。大震災から2週間の頃、16年前の神戸で2月上旬、強く感じたことを様々に思い出します。

それにしても被災地の苦しみは、言語に絶するものです。経験から言ってこの時期、被災地のなかで生まれる格差が深刻になり始めます。情報格差、貧富の格差、抽選の当落格差、体力の格差、地域力の格差・・・

被災地の苦しみを増幅している原発災害について、隠しきれなくなった情報が次々明らかになってきます。トレンチ内の高濃度放射能であり、土壌汚染であり、やっぱり出たプルトニウムです。

まだ隠している情報の最たるものは、東電があの6基の原発を、どうしようとしているのかです。廃炉という方針をわれわれは、未だ耳にしていません。燃料棒の溶融さえ隠されてきました(ほとんどのマスコミは早い時期に大きな見出しにしましたが)。この期に及んで、「止める・冷ます・閉じ込める」だけでは徹底的に不充分です。それどころか、国民の健康被害の補償についてではなく、東電という私企業の救済方針が示されています。さらにそれどころか原発推進策を関電は発表(28日)し、総点検さえありません(拒否しました)。

私は少しパニックになりました。
何をなすべきか?と。
そこで、メーリングリストの原発問題を改めて読み返して、3/25に全国の県庁所在地(18県)で行われた記者会見で発表された緊急声明の情報を知りました。
ハイロアクション福島原発40年実行委員会によるものです。

というメールをいただきました。地元から発信された緊急声明(25日)を強く支持します。

ハイロアクション福島原発40年実行委員会の緊急声明

 1971年3月、東京電力は、首都圏へ送る電気を作るため、福島の地で、原子力発電を開始しました。以来40年間、私たちは、巨大な事故発生のリスク、放出され続ける放射能が環境と生物に与える影響、そして残される核のゴミなどについて、不安を抱えながら暮らしてきました。

 これまでたくさんの福島県民・国民が、原発の危険性について警鐘を鳴らし、事故へのより根本的な対策と、情報の公開、県民への説明会の開催などを求め、プルサーマルをはじめ、設計寿命を超えた老朽原発の酷使など、危険を増大することに対して反対してきました。

 3月11日、危惧されていた原発の大事故が、現実のものとなってしまいました。

 原発震災発生から2週間、私たちは混乱と恐怖、故郷と生活を失いつつあることへの悲しみと憤りの中で、生き延びる道を探しています。この危機的状況において、以下のことを緊急に実現することを、国、自治体、および東京電力に対し要望し、皆様のご協力を呼びかけます。

1、子どもと妊婦の一刻も早い避難を実現してください。

 放射能の影響を最も深刻に受けるのは、胎児と成長期の子どもたちです。未来を担う世代の健康と生命を守るため、政府は、被曝の危険の高い地域から、一刻も早く遠方へ安全に避難できるようにしてください。屋内退避を余儀なくされている30キロ圏内および、すでに高い空間線量が計測されている地域、風下になりうる地域などを優先して、避難を実施してください。

2、一層の被曝を避けるため、避難区域を拡大してください。

 現在、避難区域は20キロ圏内に限定されていますが、すでに50キロ離れた福島市内でも通常の400倍の線量が確認されるなど、放射能汚染は大きく広がっています。しかし、政府からの避難指示がないため、多くの県民は学校や職場から離れることができず、被曝の危険にさらされています。

 政府および自治体は、実際の放射能汚染の状況、気象条件、今後のより深刻な放射能汚染のリスクなどを十分考慮し、抜本的に避難区域を拡大するよう求めます。

 3、安全圏への移動ができない住民の生活を支え、
放射能の危険から身を守るための
正しい情報と物資の提供を早急に実施してください。

 避難するかとどまるかを選択するために必要な情報が十分にない、高齢や健康上の理由で移動できない、移動できない家族を置いていけない、避難区域ではないため職場を離れられない、そして愛する故郷とこれまで築き上げた生活のすべてを置いていけない、等々の理由で、今も福島県内には、たくさんの県民が不安を抱えながら暮らしています。

 今、私たちが必要としているのは、パニックを起こさないための不正確な情報に基づいた「偽の安心」ではありません。正確かつ詳細な情報が必要です。まず、外部被曝と内部被曝を明確に区別し、内部被曝の危険性についての正確な情報を提供してください。水・大気・食物の放射能汚染に関して現在流されている情報は、急性障害と晩発性障害、内部被曝と外部被曝を混同していることが多く、これでは、私たちが自分の状況を適切に判断し行動選択することができません。また福島原発の状況のリアルタイムの情報、特にドライベントなど大規模な放射性物質の拡散がある場合の予告、爆発のリスクに関する現実的な予測、そして詳細な気象情報とそれに基づく放射性物質の拡散のシミュレーションなどを、県民および国民に伝えてください。

 また、遠方への避難ができない住民は今、正しい情報と生活に必要な物資が届かず、孤立しています。こうした人々の安全が守られるよう、生活に必要な物資と放射能被曝から最大限身を守るための正確な情報と防護用品を政府、県、東京電力の責任において、確実に届けてください。

4、福島原発10基は廃炉にしてください。

 国と東京電力には、未来の世代も含めた県民と国民の健康と安全、そして国土の保全を最優先に、この原発事故終息へ向けての全力の対応をお願いします。

 私たちは、このような悲劇を生み出す原子力発電所と共存することはできません。国と東京電力は、福島原発10基全てを、これ以上放射能汚染を拡散させない方法で廃炉にし、永年にわたり責任をもって安全に管理することをお願いします。

 5、全国の原子力発電所および核関連施設の停止、
国の原子力政策の抜本的見直しをしてください。

 次の巨大地震がいつどこにくるのかは分かりません。しかし、その日は確実にやってきます。3月11日、私たちが経験した恐怖と「間に合わなかった」という無念の想いを、他の地域の人々が再び経験することがあってはなりません。国と電力会社、各自治体は、最新の知見と予防原則に基づき、一刻も早く今稼動中の原子力発電所を停止し、最大限の原発震災防災対策を講じてください。

 国策として原子力発電、核燃サイクル政策を推進してきた国と東京電力ほか関連事業者は、このような過酷事故を引き起こしたことに対し深く反省し、国民に謝罪し、原子力政策の脱原子力への転換をもってその巨大な責任を少しでも果たすことを望みます。

 今回の震災・津波・原発事故において、全国と世界の皆様からの温かいご支援に心から感謝いたします。また現在も続く福島原発事故の鎮静化のために、生命の危険を冒しながら必死の活動をされている方々へ最大の感謝を申し上げます。

 この原発震災によって払わされる多大な犠牲を無にしないために、全ての人々がさらに何らかの行動を起こしてくださることをお願いします。

 全国のみなさん、私たちの故郷福島に起きている現実を、どうぞ注視し続けてください。放射能に県境も国境もありません。私たちと未来の世代の健康と生命を第一に考えた選択をするために、正しい情報の公開と、必要な国・自治体の対策を求める声をあげてください。

  核が引き起こす現実、この悲劇を引き起こした私たち社会の現実に、全ての人々が直面することからしか、未来への希望は生まれません。

 震災・津波の被害を受けた東北各地の人々、そして放射能被曝の危険を共有する全国民、全世界の人々とともに、この厳しい現実から逃げることなく、被害を最小限にとどめ、今後同様の過ちを犯すことのないよう、人類の勇気と叡智を結集することを呼びかけます。

 2011年3月25日 ハイロアクション福島原発40年実行委員会
http://hairoaction.com

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2011年3月25日(金)の井上力
田中英雄さんに伺いました

http://www.youtube.com/user/inouetsutomujugon

大震災からきょうで2週間です。実はwww.youtube.com/user/inouetsutomujugonの「創刊」が誠にタイミングが悪かったことを悔やんでいました。Gさんにビデオを撮ってもらったのが3月10日。あの東日本大震災の前日でした。予定どおり3月16日にDVDを納品していただき、予定どおりわがホームページは、画像が動くという11年来の夢を手にしたのでした。おびただしい数の尊い命を奪い、放射能災害に身も心も震える出来事が報じられるなかで、そのアップを見送ろうかと逡巡したのですが、介護と医療、空港問題と財政再建、雇用は最後の一人まで、というテーマは、被災地にあってもこれから被災地になるかも知れないどこででも、きわめて普遍的なテーマであることから、ユーチューブに投稿したのでした。

同時に、大震災と原発震災のことは、より多くの私の努力によって、真実を発信しなければならないと決意したのでした。金丸正樹さんが、ろっこう医療生協として現地を訪ねた際に、あるいは公務員の知人などが支援に入った際に、いろいろ体験したことなどをお聞きもしました。その上で、田中英雄さん(野花会理事長、神戸こども総合専門学院院長)に原発震災についてお聞きするというビデオを「井上力チャンネル」に加えることができました。

前にも書いた「Gさん」とは言美幸一さん(ニュースタイムジャパン=放送局)のことで、ディレクターであり、編集者です。

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2011年3月20日(日)の井上力
原子力資料情報室へ

被災地でこの情報に接することが困難であることは分かっていますが、福島第一原発についての政府発表だけでなく、原子力資料情報室が発する情報を、一人でも多くの方がご覧になることを切望します。

きょうはイラク戦争開戦8年。身近なところで起きているいくつかの出来事は、アメリカの戦争支持で(もちろんごく一部の人々が)「沸き立った」8年前と、ある意味でとても似ています。政治も地方議会も、まともな判断と意見の表明をしないという意味で。

戦争反対か戦争賛成か、脱原発か原発推進か、論じようとしているのではありません。正確な情報をより多く出すべきか、「不安を煽ってはいけない」か。いや、政府が出す情報以外の情報は「人々を惑わすもの」というスタンスが、与野党問わず貫かれています。

16日に可決された兵庫県議会の決議には、原発の「げ」の字もありません。

トップページに「原子力資料情報室」へのリンクをつくりました。

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2011年3月18日(金)の井上力
いのちをてんびんにかけるな

被災地の医療機関から伝わる情報は、日に日に深刻になっています。新聞やテレビも報じていますが・・・。病院・診療所、老健施設など被災地で、消え、あるいは休止せざるを得なかったところも多く、「残った」ところには、避難所としての役割、情報発信や受信の拠点、安否確認の拠点など行政の役割も集まってきます。

福島中央市民医療生協とやのクリニック」の川添隆司所長(医師)から、ろっこう医療生協の金丸正樹さん(専務理事)に届いたメールの一部を紹介します。

医薬品をたくさんありがとうございました。・・・しかし、ニュースでご存じのように原発からの避難範囲の広がりによって、パニック状態になりつつあります。屋内待避指示地域には支援物資も入らず、死を待つのみといった状況になりつつあり・・・(16日の夜)

・・・東部からの原発避難者が大量に福島市にも到達しています。放射線に対する不安から、物流も滞りがちになり福島市も次第に兵糧攻め状態となりつつあります。さらに深刻なのはNHKニュースでも紹介している屋内待避指示地域です。この地域には外部からの補給がストップしており、待避とは名ばかりで実際は監禁状態になっており、このままではこの地域の人たちはみんな死んでしまいます。・・・さらに人口30万人の福島市が屋内待避となれば、どのようなことが起こるか想像もつきません。・・・

医師や医師会・医療団体、医療関係者から悲鳴が上がっています。福島市自体も米政府が待避を呼びかけている80キロ圏内に入っており、川添医師の心配が現実にならないことを祈るのみです。

各社説は放水して燃料棒を冷やすという東電の方針を支持しています。「決死隊」待望論まで。通電して冷却システムを復旧することに希望を見いだそうとしています。これまた成功を祈るしかありません。しかしそれにしても、復旧後の農産物や魚介類、あるいは周辺土壌そのものの安全信頼性を確保するためには、時間との戦いがすでに始まっています。本部長たる菅直人首相が国民の「いのち」と、原発推進政策をてんびんにかけ、どう考えているか、です。

きのう神戸も寒い日でしたが、「佐高信と語る地方政治」(新社会党・統一地方選挙決起集会)は300人の方々に集まっていただき、大成功でした。写真は、のちほど。佐高信さんも盛岡で地震に遭い、きのうあたりは、まだ久慈市にいて神戸に来ることができなかったかも知れなかったそうです。お話しの大半は原発問題でした。

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2011年3月16日(水)の井上力
動画をアップしました

被害の凄まじさは、ことばでは言い尽くせません。寒さと空腹を私はどれほど体験したことがあるだろうか。肉親や知人の消息を思う気持ちは、いかばかりでしょう。

きょう6日目です。ろっこう医療生協は専務と常務を空路、福島へ送り、創立の際と阪神大震災で、わがことのように力になってくれた後藤先生をはじめ福島中央市民医療生協や被災地の医療機関に対し、救援活動を始めました。震災でのケガや持病の悪化に加えて被ばくへの対処が、「残った医療機関」の使命になっています。

被害を目視すること、救命すること、遺体を安置すること。阪神大震災でも、これらはすべてと言っていいほど被災した民間人の手で行われました。5棟、6棟の屋根瓦を剥いで7人、8人の命を救った人は、数え切れないほどいます。映像は長田の火事と横倒しになった阪神高速でしたが。

津波ではこれは不可能です。すでに壊れた原子力発電所の心臓部を冷やし、放射能の拡散を止めることなど、民間人にできることではありません。

*** * ***

インターネットというもの、Eメールというもの、そして携帯電話というものを、はじめて見たのは阪神大震災の'95年でした('91年にパーソナル・コンピュータというものを手にして、使い方のわからないエクスプローラの画面をいまいましく「見ていた」のではありますが。

私が初めてホームページを世界に(日本語で)発信したのは、2000年1月でした。息子に教えてもらい、ODAさんの知恵と力を借りて作り始めたのでした。設計した構造は11年間、不変です。日記風の「きょうの井上力」はブログの先取りだったと思い込んでいます。11年前、ダイヤルアップしてピポピポツーとかいう音を聞きながら、接続時間をできるだけ短くする努力をしたものでした。

「ちかごろの井上力」というページだけは、「書きかえません」「消しません」というスタンスが貫かれていない写真のページです。最初の頃は「まだ画像は動きません」と書いていたことを思い出します。

そしてついに、わがホームページに動く画像が登場しました。

聞き手はラジオ関西に出ておられる春名祐富子(はるな・ゆうこ)さんです。カメラと編集はGさん。YouTubeにアップしました。画像をクリックしてください。

雇用問題 井上力の動画3
希望と安心の県政
(雇用問題)
   
空港問題および財政問題 井上力の動画2
希望と安心の県政
(空港問題)
および財政再建
   
医療と介護 井上力の動画1
希望と安心の県政
(医療と介護はだれでも・どこでも・いつでも)

YouTubeより

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2011年3月14日(月)の井上力
首都が足手まとい

radiko.jp経由のTBS、ニッポン放送や文化放送によれば、量販店でラジオや懐中電灯、それに電池が売り切れ。食糧やガソリンも。

電力売り切れ防止のために・・・政府が打ち出した「計画停電」は、大失敗・大失態のスタートだったようです。本来の計画停電とは、停電してはいけない場所に電力を供給するため、何とか乗り切れる所で電力消費を計画的に減らすことです。会社も学校も「休むな」と無言の指示をだしている(日曜日の晩に政府と東電が決めたからと、休みにする会社はないでしょう)のに、いきなり「学校や職場を休みましょう」と言われて休む人はいないでしょう。

いきなり地域輪番でブチブチと電気を止めればどんなことが起きるか。最悪のシナリオをなぜ採用したのでしょうか。

いきなり「私」のくらしに置き換えて見ると、わが家には92歳の母が日中、昼でも暗い団地の1階に車イスで一人過ごしています。母の部屋の床暖房が止まり、他の暖房はありません。右手右脚がほとんど動かない身に、洗浄機能がとまったトイレ。固定電話も不通。デイサービスに通う日を増やす以外に暮らせそうにありません。

供給にあわせて消費するという結論にいたるまでに、ずいぶん時間がかかったようです。西日本で節電し、電力を首都圏に送電するプランまであったそうです。中学生でも知っている不可能。消費にあわせて供給することは、あきらめること。

そして供給にあわせて消費する際、地域輪番停電というバカげた方針になってしまったのです。

工場の操業短縮、営業活動の時間短縮、本社機能もすべての事務も、短縮して電力消費を抑える以外に手だてはありません。とにかく労働時間を首都圏で減らすこと、もちろん残業はなくし、始発と終電車をそれぞれ繰り下げ、繰り上げること。あるいは間引くこと。電力供給量の被害は、火力発電の11%と原発の14%、あわせて東京電力の総供給量の4分の1だそうです。おおまかに言えば、8時間労働を6時間にすれば、供給にあわせて電力を消費することは可能です。電力消費のピーク時が問題ですから、事業所単位で時差出勤。

もっとも、同一業界内の各社の合意は困難そうです。お互いが競争相手。所有の私的性格と生産の社会的性格が今、よく見える矛盾になっています。

いずれにしても、被災地の復旧の前に首都の復旧を考えなければならないということが、東日本大震災のナンギなポイントです。被災地にあらゆる力を注がなければならないのに、まず東京が足手まといになっているのです。

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2011年3月12日(土)の井上力
大震災、歴史に学べるもの学べないもの

きのうの15時04分、派遣会社から品川に行っている娘からメールが入りました。

「父さん 母さん 明子です。現在会社のビル19階におります。とても揺れて怖かったですが、いまのところ無事なのでご安心を。電話できるようになったら連絡します。おばあちゃん、お兄ちゃんによろしく」その後、娘は会社に泊まり、朝、同方面の仲間とタクシーで横浜に帰ったようです。

その直前、事務所に来ていただいていたMさんに、「大丈夫でしたか?」とケータイがあり、「まったく揺れを感じなかったのに」と話したところでした。ネットで大きな地震だったこと、津波警報が出ていることなどは、その直前に知ったのでした。

『井上力後援会ニュース』号外をつくって、井上力後援会事務所と新社会党灘総支部にはりだしました(写真)。カンパ(義援金)箱は、ろっこう医療生協のそれを出す予定です。

二夜連発、1854年の安政東海地震と安政南海地震。1855年の安政江戸地震(大都市直下型)から多くのことを学ばなければなりません。

人々を弔い、救済することは歴史に学べますが、原発事故への対処は政権の仕事です。減圧できた。爆発音が聞こえた。負傷者がでた。・・・いろいろ報じられています。

地方議会は終盤を迎えています。名古屋の市議選もあす投票です。脱原発の決議を。原発推進議員が一人でも少なくなるように。

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2011年3月9日(水)の井上力
「しおり」をアップしました

2月13日にアップした「希望と安心の県政」政策集PDF版<1>
「希望と安心の県政」政策集PDF板<2>をアップしました。

やがて動画版をアップする予定です。まだ動きません。私は動き出していますが。 なお、スマートフォンなどからはメモリ不足でご覧いただけないケースがあります。悪しからず。

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2011年3月8日(火)の井上力
家賃に苦しむアンハッピー

通常の月曜・木曜の朝の駅立ち(駅前でマイクを持ち、仲間といっしょにチラシを配る)に加えてほぼ毎日、早朝行動を始めました。けさは阪神岩屋駅。

UR(都市機構、ずっと昔の名は住宅公団)の傾斜家賃は建物の価値が下がるにつれて家賃が上がるという不合理。賃金水準と関係なく、短い期間で減価償却を計算し、入居者に押しつける、ましてや復興住宅、ましてや兵庫県借り上げ住宅、こんな不合理な話はありません。HAT神戸はハッピー・アクティブ・タウン。ハッピーなまちと名づけられたまちに住んでいたら、最小不幸をめざす政権になって、12万円、13万円・・・法外と言っては言い過ぎでしょうか。法律で決まっていないから法外です。などなど

ビデオ撮りが近づいて、その準備もあり神戸空港利用者数をパネルにしました。いまどきの神戸空港にも。

神戸空港利用状況(年度ごと)2011年3月8日現在

 

羽田便

その他便

全便

2006年度 1,296,690 1,441,453 2,738,143
2007年度 1,480,209 1,492,003 2,972,212
2008年度 1,150,739 1,425,987 2,576,726
2009年度 1,038,262 1,297,145 2,335,407
2010年度 769,803 1,238,849 2,008,652

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2011年3月6日(日)の井上力
前原外相辞任

前原外相が辞任の意向を固めたと速報されています。「麻生政権時代もあったやないか」という言い訳が通用するどころか、その言動そのものがヒンシュクです。沖縄からは『琉球新報』電子号外(PDF)<トップページから画像をクリック>

政権のたらい回しがあるとすれば、同氏と言われていましたので、いよいよ菅内閣は窮地に追い込まれました。統一地方選挙前半戦の告示は1日、10日が投票日です。小沢元代表が言うように「解散総選挙は早いかも知れない」という方向へ加速していくのでしょうか。

参院選大敗、登院せずに入院した安倍首相
イラクから空自が撤退、貧困問題が深刻になって「新首相で総選挙」を選んだ福田首相
リーマンショックで選挙の機会を失い、ついに政権交代となった麻生首相
平成の琉球処分と社民党の政権離脱の鳩山首相

日本だけでなく世界共通の背景にあるのは、深刻な失業問題です。とりわけ若者の失業問題。

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2011年3月1日(火)の井上力
いただいたハガキから(2)

政治に絶望しています。民主党本部やNHKや、政府機関などへも、妻に怒られ嗤われながら、せっせと電話で抗議しているというFさん。「あんたとは20年来、信頼はあるが・・・」とお話をしてくださいました。政治への絶望、不信の声の大きさは、本当に深刻です。「つきつめれば、小選挙区制と政党助成金が悪い」などなど。

一方で、きょういただいたハガキには、「20歳、幼稚園関係をめざしています。その方面をよろしく」と嬉しい激励。私学助成を減らすな、その充実を。

かねて保育所の入所を申し込んでいたXさんから、夕方、ケータイに「区役所から面接の報せが来ました」とはじける声。彼女はいったい何度、窓口を訪ねたことか。その苦労が報われました。「何回来てもらっても一緒です。困っているのはあなただけではありません」そんな風に言われても、困っている度合いを見えるように伝えることが大事ですよ。私はそう言います。待機児童ゼロと、約束したのは政府です。現状は、必ず待機児童が毎年生まれるようになっています。

春を迎え、高校を出て専門学校への道を選んだKさん、給付金つき職業訓練の「卒業」を控え、仕事を探す若者や中高年。Fさん、Oさん、Kさん・・・。最後の一人まで仕事をかならず紹介します。兵庫県も神戸市も、そう言ってほしい。

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