画 Sachiko Tanabe

再出発誓う神戸空港・住民投票運動

                  井上 力
前・神戸市会議員

                  『科学的社会主義』1999年2月号

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民主主義再生へ被災地の五つの運動

 神戸は一月一七日で震災から丸四年を迎えた。「震災前」「震災後」という表現が、今なお被災地ではごく一般的に使われている歳月の尺度である。「震災前」と「震災後」で、被災地の人々が所得・労働条件や生活環境は言うに及ばず、生き方まで変わるほどの変化を経験した。そしてこの四年の間に、被災地はあらゆる種類の選挙を経験し、あらゆる種類の選挙に関わり、あらゆる種類の選挙結果を見てきた。

 選挙結果を概観すると、一昨年の神戸市長選挙と昨年の兵庫県知事選挙では、現職が勝利して「震災前」施策の継続という「民意」が示された。震災直後に行われた県議選・市議選で変化の兆しをなかば掌中にしながら、「震災前」との決別ができなかった。一方、裏表とも行われた参院選と総選挙では、社会党の瓦解が明白となったものの、これを継承する政党は登場しなかった。全国的な傾向と同様に、旧社会党票の一部を民主党系の候補者が、また一部を共産党が吸収した。保守の盤石の体制は崩れなかったように見えた。そして、県本部正常化委員会から護憲社会党、新社会党へと必死に旗を立ててきた私たちは、今なお、社会党の最善の継承者となっていない。誠に、選挙制度というものは今も、「誰がどのようにして住民を欺くのかを決める」ものであろうか。

被災地から民主主義を再生しようとする試みは、多角的に繰り返し行われてきた。

 第一に、発災と同時に行政の統治能力がマヒしたとき、避難所では自治組織が発足し、運営された。炊き出しや配給を公平にし、高齢者や病気の人を気遣い、保護する「当たり前の暮らし」が、あった。

 第二に、やや手前味噌に過ぎるかもしれないが、護憲社会党は、震災直後の市議会で「憲法第九五条に定める住民投票を経て、被災地にのみ適用される特別法を制定し、国家が被災地を救済するべきだ」と、主張した。

 第三に、行政と国家の手で「上から」強引に決定された都市計画や復興計画に対し、「下から」、つまり住民自身の手で街の再建や住まいの再建、職場の再建を行おうとする試みは、今も無数に続いている。

 第四に、小田実氏が提唱した市民=議員立法である。被災地の救済は国の法律によって行われなければならない。だが市民立法の道は、今はない。つまり国会への請願権は明治憲法以来、保証されてはいるものの、国民自身に立法権はない。小田実氏は従って「市民=議員立法」と、自ら名づけざるを得なかった。「市民立法」は大きな共感を呼び、大きな力を発揮した。廃案となったが、試みは終わってはいない。私たちは、その中心に今も立ちつづけようとしていることは言うまでもない。

 第五に、最大の被災地であって、開発行政の総本山の地位を占めてきた神戸市政を、市民が変えるたたかいである。ときを追えば、新しい神戸をつくり出す市民会議の運動、前回の市議選、一昨年一〇月の市長選、そして今回の神戸空港建設の是非を問う住民投票条例制定運動である。

根づき始めた住民投票運動

 住民投票制度は、数次にわたって地方制度調査会が検討したものの、地方自治法の上では今なお位置づけられていない。発議する権利、解散請求・解職請求の権利は保証されているが、住民投票は法制化されていない。従って、原子力発電所の建設をめぐり、産業廃棄物の処理場建設や米軍基地をめぐって、そして神戸がその先例となるはずであった公共事業をめぐって、各地で苦闘が繰り広げられてきた。間接民主主義が機能していない。しかし、民主主義が民主主義として機能しなくなったとき、これを再生する力も大きくなる。

 住民投票は、どの先例も住民投票条例を直接請求するという、法律で定められた手続きに則って行われてきた。地方自治法は第一二条で、「@日本国民たる普通地方公共団体の住民は、この法律の定めるところにより、その属する普通地方公共団体の条例(地方税の賦課徴収並びに分担金、使用料及び手数料の徴収に関するものを除く)の制定又は改廃を請求する権利を有する」と定めている。第五章ではこれに基づいて直接請求を定めている。

 新潟県巻町で、様々なドラマを生んだ英知の結集は、九五年一〇月三日に議決され、紆余曲折を経て九六年八月四日に投票が行われた。投票率、実に八八・二九%。御嵩町は九七年六月二二日の投票で、八七・五%、名護市は九七年一二月二一日の投票で八二・四五%であった。高い投票率も、また結果の反対票の多さも、議員選挙や首長選挙の投票率が上がらない都市住民に羨望と期待のため息をつかせた。

揺れる議論と新社会党が果たした役割

 さて、九八年一月二四日の「市長選挙と明日の神戸を考える市民集会」は、前年一〇月の市長選挙をたたかった確認団体「たてなおそう神戸・市民の会」が、主催した。政党主導ではなく、文字どおり市民が主役となる運動にするための議論はそれまでも繰り返し激しくたたかわされていたが、会場に現れた作家の田中康夫氏は、鋭い問題を突きつけた。「負けた市長選挙の敗者復活戦であれば、誰が快く署名するだろうか」。ジャーナリストの今井一氏が果たした役割も大きい。「神戸空港反対闘争の一手段としての住民投票でよいのか」。全国的な運動の教訓を熱っぽく語り、神戸の運動が成功するためのアドバイスを惜しまなかった。

 運動の本格的な出発は、揺れる議論で何度も立ち止まり、何度も議論を繰り返した。議論が固まりかけては新たな顔ぶれが加わり、新たなエネルギーがわき起こった。議論は元に戻ったかのようにも見えたが、必ずらせん状に昇華していった。新社会党は、神戸市協議会の下に「推進本部」をつくり、運動が政党に引き回されることなく、また署名運動の実戦部隊として党の配置を決めた。

 三月二二日に「神戸空港計画の是非を問う住民投票条例の制定を求める直接請求の会」(以下、「会」)は、結成された。この時期の議論と新社会党の主張を総括すると概略、以下のようになる。

1.市長選挙の「敗者復活戦」としての運動でよしとするのは、問題である。一方、市長選挙で市民が果たした役割を全面否定するのは、間違いである。市長選挙で明らかとなった市民の側の「弱さ」と「強み」を正確に総括する必要がある。

2.空港促進派が運動に参加することを「期待」し、参加するはずのない空港促進派を批判するための運動にしようとする考え方では、拡がりを持てない。名護方式つまり反対派の運動とするか、巻方式つまり賛否両論を持つ人々の相集う運動とするかは、これを選択すること自体、生存をかけ長くたたかってきた巻と名護の両運動に対する冒とくである。後に神戸方式と呼ばれるような質量の運動をめざし、そのために全力をつくすべきである。

3.条例制定まで到達しなくてもかまわない、請求署名それ自体に意味があるとする考え方では、賛同が得られない。民主主義の再生という観点から運動を起こすべきである。神戸空港計画をストップしたいと願う市民に協力することが、新社会党の最大の役割である。

4.これまでの空港反対運動の総括が必要で、市議会が九〇年に行った促進決議など、震災前の空港反対運動の弱点を批判的に総括することが、運動が本当に盛り上がる条件である。

5.なお、条例案の内容についても、次のような三点の議論があったが、省略する。

ア.「反対」「賛成」の二者択一か、「凍結」を加えた三択か。

イ.住民投票の有資格者の範囲をどうするか(在日外国人、一八歳)。

ウ.空港だけではなく公的支援問題を住民投票で問うべきかどうか。

政党を乗り越えた熱気の署名活動

 「会」は、運動を出発させた。請求代表者には須田勇・神戸大元学長、北山六郎・元日弁連会長、松倉ミユキさんの三人が就いた。出席自由の世話人会が最高の議決機関であり、代表世話人と事務局が「会」の事務を執行した。署名集めは政令指定都市のゆえに行政区ごと、つまり市議会議員の選挙区ごとに行う必要があるため、行政区ごとに「区の会」がつくられていった。「区の会」でも、世話人会という合議機関や事務局が形成された。

 参院選終了と同時に受任者集めがスタートした。街頭でも地域でも、署名運動と同様にすさまじい勢いで受任者が名乗りを上げた。受任者だけで、署名の法定数、有権者の五〇分の一を突破した。八月二一日から始まった署名は、法律で定められた終了の日、九月二〇日には三五万に達した。この数字は提出後、選挙管理委員会の審査で有効署名数は三〇七、九七七となるが、それでも法定数の一三倍であった。リコールを見据えて設定した目標数の「三〇万」を越えた。

 残業帰りであろう若者が、駅を出てコンビニに寄り、その足でまっすぐ署名簿の前に立つ姿があった。「受任者申込書」の連絡先の欄にEメールを書き込む人が少なからずあった。性別では女性が積極的であったが世代は問わず、熱気の署名運動が繰り広げられた。公務員は受任者になることを禁じられている。だが公務員の仲間は「受任者になれないなら、受任者以上のことをする」と、受任者を集めて回った。受任者宛のニュースは様々につくられた。新社会党灘総支部では受任者宛ニュースが七号まで出された。しかし、運動の主たる担い手は政党ではなかった。新社会党を含めて政党の「指導」や予断を大きく乗り越えて運動は拡がっていった。運動の拡がり行く様については、当時の週刊『新社会』をご覧いただきたい。

市長と議会与党は署名を無視

 大成功を収めた署名運動は全国の注目を浴び、徳島で第十堰をめぐる住民投票が、また滋賀県でもびわこ空港をめぐる住民投票が、運動として始まろうとしていた。

 しかし、神戸の主権者たちの頭上に暗雲が立ちこめるのに時間を要しなかった。一〇月八日、笹山市長は本会議で、わが原和美議員の質問に答えて「あとの七○万人(署名をしなかった人々)は、どうなのかということもある」と、地方自治法に定められた直接請求の要件を無視する答弁を行ったのを皮切りに、条例案抹殺の激しい動きが繰り広げられる。請求代表者が署名簿を携えて市役所を訪ねた一〇月三〇日には、五人もいる三役のだれ一人として請求代表者に会おうとしなかった。

 日本国憲法は、次のように書かれて始まっている。「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、・・・」。神戸市当局は、市議会に住民投票条例案を否決させるために、この非戦の誓いを読んで代議制の絶対的な地位を主張する根拠とし、それを援用して住民の条例制定・改廃請求権を否定した。行政の肝いりで神戸財界がつくる空港促進協議会は、総会を何度も開き、この時期には与党市議への「陳情」活動を大々的に展開した。

 一一月五日、市長がA4四ページにおよぶ「市長意見」で「住民投票は不必要」と宣言し、市議会はわずか実質五日間の審議で、最後は委員会強行採決というおまけつきで、主権者の請求を退けてしまった。

市議選と市長リコールへ新たな決意

 直接民主主義が間接民主主義の暴力によってねじ伏せられた今回の事態は、全国的な住民投票運動の曲がり角にさえなりかねない。その意味で私たちの責任は重い。与党との違いを鮮明にすることで新社会党と共産党はポイントを稼いだと言われている。とくに小政党である新社会党は「住民投票議員団」を結成してよくがんばったという評価も、マスコミ筋を中心に高い。

 しかし、私たちの目標はそこにあるのではない。間接民主主義のほころびは、支配の最も大きな弱点の表れであるとともに、体制内政党の弱点でもある。間接民主主義の重大な欠陥を指摘し、たたかいの条件を拡大することが新社会党の任務である。思い起こせば消費税がそうであった。空港など公共事業、そしてたぶん介護保険も、そうなるのではないか。ただし、組織労働者の多くは今なお、間接民主主義万能論である。

 ところで「会」は「存続」と「住民投票条例の制定」をまだ目標として掲げているが、どのようにして条例制定をめざすのかを明示できていない。「会」には次の目標を明示する義務がある。「どうするの?住民投票」という市民の声に答えていない。当初の予定どおり、市長リコールを行うべきだという市民の積極性にどう依拠して次のたたかいをつくるのかが問われている。早川和男教授などが呼びかけて、「住民投票運動と市議選を考える懇談会」が準備を始めている。

 私たちは、「笹山市長の下では条例は制定できない」という真理を広げる必要がある。議会が条例賛成派つまり空港反対派の躍進で過半数を制するか、市長を市民が取り替えるか、である。それ以外の道は市民に無用の幻想を振りまくだけの、弊害でさえある。それ以外の道は、ない。

 市民が議会で過半数を制したとき、市長は辞職せざるをえない。「市長は議会決議に忠実である。議会はすでに議決している。いまや構想段階ではなく、事業着手済みである」としてきたのだから。市民の多数=議会の多数=市長という市長の頭にこびりつく構図が崩れ、すべてが瓦解する。

 一方、市民が市長を取り替えたとき、数回にわたって「住民投票」が実現する。まず、地方自治法に明記されている「住民投票」が行われる。続いて、議会解散が必要かもしれない。市民と市長の意思を無視しようとする議会は解散される。そしてその次に地方自治法の条例制定請求を通じてか、あるいは市長提案で実現する条例に基づく「住民投票」が行われる。いずれのケースも住民投票は、笹山市長の下では行われない。交代する市長は、「選挙管理内閣」のような「住民投票管理市長」でもいいではないか。

 神戸で、新社会党と世界でただ一つの「住民投票議員団」は、署名運動の、なお止まらぬ勢いを駆って市議選を勝ち抜き、今夏の着工までに住民投票を必ず実現する決意である。

 神戸空港計画の詳細については、そしていかに市民がこれに疑問を抱いているかは、紙数の関係で省略する。いかに非常識きわまりない計画であるか、次の七点を列挙する。

1.市民の税金を使ってつくった「空港ニュース」で「税金を使わない」と言い切る非常識

2.一度も市民にその是非を問いかけずに着工へと突き進む非常識

3.活断層の上に造る空港が、なんと防災拠点だと被災市民に向かって平然と言う非常識

4.関西で5本目の、最後にできる滑走路が一番短いという非常識

5.大阪湾をヘドロの海にしてしまうのに、「環境改善に役立つ」と豪語する非常識

6.疑問の声を封じ込めるため、公聴会などに労働組合を動員した非常識

7.「空港がない街は衰退する」と、他都市に向かって語る非常識

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